お兄ちゃんのド変態!
「ん、う?なにこれ」
少し体が暖かい。気温がというより、人肌のような感覚。
眠い目を擦りながら目を開けると、目の前にはお兄ちゃんのパジャマの柄が広がっていた。
「わ、っ」
大声を出しそうになり、状況を思い出して必死に耐えた。
確かソファのある床に座ってたはずなのに、体勢が横になっていた。
「お兄ちゃん、もしかして私のこと抱き枕にしてる!?」
小さな声で悲鳴を上げる。
うちのソファは少し広めだが、さすがに二人で寝てたらキツイ。二人分横になれるスペースはない。
ということは、この弾力も柔らかさもない下敷きになっているのは、お兄ちゃんの体では?
「やっぱり。なんでお兄ちゃんが下敷きになってるの。どういう状況でこうなったの……。というかこの力はどこから」
頭の中はハテナだらけ。なんで私が体ごとお兄ちゃんの上になっているんだろう。
お兄ちゃんは抱き枕感覚で私の背中に腕を回している。
つむじにお兄ちゃんの熱ぽい吐息がかかるのを感じる。
このままにしていたら、お兄ちゃんは苦しいだろう。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
なんとか動く右手でお兄ちゃんの肩口を何度も叩くと、寝起きの声が聞こえた。
「離してよ!」
私の悲鳴に驚いたのか離してくれた。
離したというより腕の力が抜けたので、自動的に私の体が転がり落ちた。
「いたたた……」
「離してって言ったけど落とさなくてもいいじゃん、ばかぁ!」
途中でハッとしたお兄ちゃんに腕を掴まれたからなんとか急落下は免れたものの、腰が軽く床に当たってしまい痛い。
もう半泣きだ。
お兄ちゃんは申し訳なさそうにしながら理由を話してくれた。
どうやらあのとき寝たようなのだが、案外寒くてブランケットでは足りなくて、傍にあった私の体の暖かさに引かれ、つい抱きしめてしまったらしい。そしてなぜかさっきの体勢になってたようだ。
「ねえ、もしかして」
当たってた?
もちろんどこをとは言わない。
「なに顔赤くしてるの!絶対当たってたじゃん!せっかくお風呂でも当たらないように気を付けてたのに。変態!ド変態!」
「触ってないって、そんなのもちろんだよ!触ってなくても、そんな顔してたら変態だよ変態。早く忘れて。夢だと思って。最悪だ、最悪すぎる」
向かい合って抱きしめられてたら当然だと思ったけど、お兄ちゃんはしっかり感触まで覚えてるみたい。最悪だ。彼氏もまだできたことないのに、初めて抱きしめられたのがお兄ちゃんだなんて。
「もう。なんでこうなったんだか」
冷蔵庫からジュースを飲んで落ち着こうにも、なかなか胸のドキドキが収まらない。
あんなに至近距離だったから風邪がうつったのかもしれない。
「結構あれから時間経ったね。まださっきの状況をお母さんに見られてなかっただけましだと思えばいっか」
時計を見るとリビングに来てから二時間経っている。たぶん一時間くらいは寝ていたんだと思う。
「体温計出すからまた熱測ってみて」
すぐに体温計の音が鳴り、熱は少し下がっていた。
どうやら体調も少し良くなったみたいなので、リビングではなくベッドでしっかり休むことに決めた。
「立てる?私がこっち側支えるから、階段の手すりちゃんと掴まって登ってよ?」
なんとか階段を上って、お兄ちゃんの部屋にたどり着く。
むかつくくらいに綺麗な部屋の整ったベッドにお兄ちゃんを座らせる。
「私は部屋にいるから、なんかあったら呼んでね。スマホ持っておくから」
ちゃんとタオルケットに潜り込み、お兄ちゃんが横になる。
私も申し訳ないことしたけど、これだけ介助したし、あんな……抱きしめられたりもしたからこれでお相子だろう。
「寝付くまで頭撫でてあげようか?お姉さんキャラで」
もう拒否も面倒なのか、お兄ちゃんはタオルケットの中に潜り込んでしまった。
寝に入るのを邪魔しないように、そっと部屋を出ていく。
「ん?早速連絡?」
隣にある自室へ戻ると早速スマホが鳴った。
送り主はさっきまで一緒にいたお兄ちゃん。
「今日はありがとう。水着はもっとしっかりしたのを買いなおしなさい?は、え?」
水着ってあの、水着?
しっかりしたのってなに?
「またお兄ちゃんだ。画像付きだ」
画像を開くと、可愛い水着の写真がスクショされていた。
胸元の開きもほぼ少なく、下もフリルのスカートのようなものがついている。
メッセージには『お姉さんキャラも似合ってなかった。でも色々とありがとう。おやすみ』と書いてあった。
「お兄ちゃん、もしかして……」
真相を確かめるべく、遠慮もなしにお兄ちゃんの部屋のドアを勢いよく開ける。
「ねぇ、このメッセージはどういうこと?」
あの水着は危険だからとお兄ちゃんが言った瞬間、思わず頬を叩いていた。
「私の水着姿見たんでしょ!?最悪、本当に最悪!変態!すけべ!寝込んで全て忘れて!」
最悪だ。なんて余計な兄心。
風邪の幻覚だと思って、全て忘れて欲しい。
「もしかして、水着姿みたのもあって、ソファであんな!?」
「ラッキースケベ狙ってたの!?」
違うと否定されても、もう信用はできない。
もう一度ペチンと頬を叩く。
こんなに思い切り叩いているというのに、兄はもう夢の中に半分飛び立っているようだ。
「なんか言ってる?――ぽよぽよ?たぷたぷ?」
独り言の意味を理解した途端、顔が真っ赤に染まる。
「お兄ちゃんのバカ!」
風邪を引いたお兄ちゃんに酷いことをしていると思うけど、お兄ちゃんのせい!
自室に戻りベッドで丸くなる。
数時間後に残業が終わって両親が帰ってきたころにはお兄ちゃんの風邪も良くなっていたが、頬の叩かれたあとの赤味は消えておらず不思議そうにしていた。
それについては二人とも説明できなかったのである。
お兄ちゃんのお世話 宇野田莉子 @milktea0912
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