オレンジとバザールの商人
Hiroe.
第1話
突き抜けるような青空の下で、大きなバザールが開かれていました。まばゆい陽ざしをわずかにさえぎるテントが集まり、干し肉、果物、宝石、靴下にいたるまで、あらゆるものが売られています。行き交う人びとの明るいさざめきが渇いた空気に重なり合い、バザールは大変賑わっておりました。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 今朝とれたばかりのオレンジだよ。オアシスのようなみずみずしさに、目の覚めるようなすっぱさだよ!」
ひときわ威勢のいい声が、テントの群れを見下ろす太陽に届きました。
声の主は、頭にターバンを巻いた若い商人です。その額には汗が光り、商人もまたとれたてのオレンジのようでありました。じっさい、その手には一口かじったオレンジが握られています。
「くそぅ、ちっとも売れやしない。オレンジなんて、ここらじゃありふれてるからな」
商人はつぶやくと、また一口オレンジをかじりました。
「うん、うまい。こんなにうまいのに、毎日のようにかじってたら、さすがに飽きるものなのかなぁ」
『そんなことはないさ。ただ、人びとは、私がいない世界なんて想像できないのだろうさ』
「でも、お前がいなくなっても、まだまだたくさんのオレンジがある。この袋いっぱいのオレンジを売らなけりゃ、また親方に怒られる」
商人のテントには、商人よりも大きい麻の袋いっぱいにオレンジが入っていました。そのどれもが丸くまぶしく、たっぷりの水分を含んでいます。
商人は、幼い頃からオレンジを食べて育ちました。今までにいくつ食べたかなど数えようもありません。特別なものではなく、高価なものでもないオレンジは、商人や、たくさんの人びとの血潮に溶けて生命を駆け巡っています。
通りの向こう側で、わぁっと歓声があがりました。踊り子がくるくると独楽のように回っている横で、太った宝石商はニコニコとお客と談笑しています。
「だいたい、この国は豊かすぎるんだ。オレンジだって、何もない荒野で育ったりしない。キャラバンのやつらだってこれがなけりゃ、あの太陽にやかれて旅の途中で干からびるだろうよ」
『その通りさ。そうならないようにオレンジがあって、君がいるんだ。さぁ、オレンジを売っておくれ』
商人ははっとして空を見上げました。
太陽は相変わらずギラギラとまぶしく、手の中のオレンジは、まるで小さな太陽のようです。
バザールには、人々が生きるために必要なすべてのものがそろえられていました。
神様は本当に、とてもすばらしく世界を整えられているのです。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 今朝とれたばかりのオレンジだよ。オアシスのようなみずみずしさに、目の覚めるようなすっぱさだよ!」
商人は額の汗を拭い、オレンジのすっぱさをかみしめながら、再び声を張り上げたのでした。
オレンジとバザールの商人 Hiroe. @utautubasa
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