クレーマーと店員

狐照

クレーマーと店員

春の慰問お札フェア開催中。


桜の花と丸っと白くて可愛いお化けでデコレーションされた、そんな殺し文句。

俺は冷や汗をどっと背中から滲ませ、それらが印刷されているポスターを広げた。

何度瞬きしても、書いてある言葉は変わらない。

認めたくない、いっそ破いて捨ててしまいた。


「あのー…後は何処におけば…?」


運送業者のお兄さんが、汗を滴らせ困って俺に聞いてくる。

苦笑いがいっそ清々しいって、なんなんだろ。


「あいてるとこに積んじゃっていいです、もう…」


指に力が入らないのを良いことに、言葉も投げやり。

足取り重く店内に引き返す。

背後に聳える箱の山を、片づけるために。


「春の慰問お札フェア、って」


ちょーダサいってーの、と先輩がぼやく。

俺はそれを無視して、フェア台を占領していた一点集中販売に見事失敗した、霊験あらたか縄を段ボールに詰め込む。


「大体、今時分縄なんて使ってる奴いるかっての」


てんちょーってまじ無能だって、と先輩が禿げ店長の悪口を零す。

それに関しては俺も頷く、心の中で。

今ここで働いているのは、俺と店長だけなのだから。

職場の空気を自ら汚したくはない。

とんでもなく好条件で神のようなバイト先なのだから。

俺は今年高校に進級した。

両親は俺が5歳か6歳頃多額の借金を苦に心中。

もれなくその心中から生還してしまった俺は親戚の厄介者。

借金こそないものの、お荷物な存在に変わりはない。

生きた心地のしない生活を打破するため、俺は高校進級と同時に自立することにした。

学費も生活費も一切援助はないけれど。

あの人たちの世話になり続けることを考えたら。

日当たり最悪じめじめ冷え冷えボロアパートが、楽園に見える。

そして貧乏街道まっしぐらを突き進もうとしていた俺に舞い込んだ、バイト募集のチラシ。

俺にとって、時給一万円は破格すぎて目から変な体液が出そうになった。

高校からも近い。

コンビニという学生さん大歓迎の懐の深さ。

そして時給一万円。

電話して面接して即採用。

食費も廃棄の弁当とか頂いて浮かせて、とにかく大学に行くための貯金を、なんて顔に熱を溜めて興奮していた俺は。

ここがどーゆー品を扱うコンビニなのか、ちゃんと把握していなかった。


「それにしてもお前ほんと、無意識に祓ってるって」


縄は作法に習って箱の中に仕舞い直せと、先輩が注意して。

そんなことをぽろりと零す。

俺は恨みを込めて先輩を睨む。

金髪を少し遊ばせて、黒いブーツに白いシャツが定番の笑顔が素敵な男前な先輩。

派手な印象と爽やかな見た目との二面性を合わせ持つ、霊を払える人。

霊とか見える人。

霊とかお祓いしたりする人。

悪霊と戦っちゃう人。


「はははは、んな顔すんなっての」


お前のは体質なんだからこの職場にはお似合いってことで。

意地悪な性格を兼ね備えた先輩が、良いからちゃっちゃとやれってのと、畳みかけてくる。

このコンビニは、正確にはゴーストバスターストア。

略してゴバスト。

世の中は混沌として、霊的な現象があからさまに顕著し人に被害を及ぼしていて。

怨嗟憤怒怨念をもってして、悪霊はあちこちに。

世界中に悪霊が充ち満ち、今じゃ電子の世界さえ蹂躙される始末で。

霊害が深刻な社会問題に発展していた。

そこで霊を祓うことを生業にしていた人たちが、大規模な協会を創設。

目に見えて、悪意を持って暴れる霊から世界を守る協会、らしい。

正確なことは教わっていない。

先輩に聞いてもはぐらかされる。

けれど協会は世界各国を股に駆けて活躍し、今日も悪霊退散南無南無的なことをしているのだ。

そしてこのゴバストはそんな協会に所属するために、日々修練する若者のために創られた学校の敷地内に存在している。

見た目はごく普通の大学だけれども。

修練用の安い札から、本番用の高い札まで。

若者だけではなくプロの人にも気楽に足を運んで頂ける便利な二十四時間笑顔で接客ストアなのだ。

特殊な品をリーズナブルに、という謳い文句を引っさげて。

っても俺は霊感というものがまったくない。

先輩からもお墨付きの0ポイント数値。

けれど特殊能力数値が設定されていて、霊が寄って来ないオーラを発している、らしい。

霊にとって、自分たちを祓う道具を取りそろえるこの店は邪魔でしかない。

この店を呪おうとするのは当然の流れ。

けれどそんな数え切れない悪意にいちいち対処していたら商売あがったり。

そこに現れた特殊能力数値の俺。

即採用。

融通?そりゃ聞いちゃう。

だから辞めないでね。

俺が務める前までは、払える人、つまり先輩が対処に当たっていた。

噂の禿げ店長は見えるだけの人なので、やっぱりむにゃむにゃだ。

別に恐ろしい目にあったとか、とんでもなく変人が来るとかはない。

取り扱っているものが特殊なだけで、時給一万円は涎が止まらないほど良い。

そう、嫌ではないのだ。

嫌では。

恨めしいのはこの先輩だ。

作法に習って仕舞い直し、段ボールを所定の位置に運び、春の巨大なフェアを思い出す。

立ち眩む。


「なにやってんだっよちゃっちゃとやれっての。暇ねぇぞ暇」


にやにやと口元に笑いを溜めて、先輩が野次を飛ばしてくる。


「じゃあ先輩がやってくれれば良いじゃないですかっ」


ムキになって言い返すと、


「俺は辞めてるっての」


呆れたように肩を竦ませられる。

そう、先輩は十日前退職した。

理由は不明。

現在人員は俺と店長のみ。

穴埋めの人は誰もいない。

この十日間、俺はこの店に泊まり込んで働いていた。

いっそここに棲みたいくらいだ。

高校仕事場高校。

どちらが本業か分からなくなってきてるし。

なのに先輩は、毎日やって来ては文句を言って去ってまた来て文句を言って去ってエンドレス。

正直、先輩が居なくなるって知って俺はすっごく寂しかった。

悲しかった。

俺は先輩が好きだったから。

でも、辞めるって言うのを止める理由になんてならないから。

涙を飲んで送別したのに。

なんで来んの?

いや、まじで。

じゃあ、辞めなかったらよかったじゃん!


「俺まだ慣れてないんですからっ」


大体店長使えないし。

今も仮眠室でいびきかいて寝てるし。

半年そこらのバイト歴じゃこの仕事量はこなせません。

本気で泣きそうなりだがら、俺は叫んだ。


「毎日来る暇あるなら働いてって下さいっ」


いやまじで。

頭を下げてお願いすると、先輩が肩をとんとんと叩いてくれた。

これはもしやと期待して、俺は勢いよく顔を上げた。


「俺はあれだ、クレーマーだっての」


だからちゃっちゃとやれっての。

詫びるでも同情するでもなく。

先輩は笑顔でクレーマー宣言し、泣きそうな俺に檄を飛ばす。


「ほらまたそこ違うっての」


作法なんて知るか、と振り向けば、


「神事を通してなんちゃらって、教えたっての」


「だから先輩がーあああ」


「うだうだゆってんなって」


厳しいクレーム難癖を付けられまくる。


春の慰問お札フェア、なんとか開催中。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

クレーマーと店員 狐照 @foxteria

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ