第16話

「では、どうしてそんなことをさせるのか、理由だけでも教えてください」


理由。

彼は思わず身を乗り出し、病室内を覗く。

看護士が豊満なヒップラインを窓に向けてアピールしていたので、彼はいたたまれなくなり元の体勢へ。

理由、という言葉に彼は反応してしまった。

今まで避けていたことだったからだ。

そこでも避けて逃げていたのだと、鼻の奥が寒くて痛くても我慢しようと思った。

姉がこれから、どんなことを口にしようとも。


「アたしハアのこの心ガもどれバどうダっていいんダよ」


心。

それを彼は身とともに取り戻した。

姉の指示のおかげで、狐面の少年にも出会えた。

そのことを話したくて、彼はもぞもぞと冷えた足先を蠢かせる。

けれどまだ、姉は口にしていない。

自分を殺させるような行為の真意を。


「では、巫女姫様のお命を絶つことで…心を?」


それはいくらなんでも荒治療すぎませんか、と不安がる声に彼も頷いた。

荒すぎるどころか、姉が死んだら自責の念で死を選ぶだろう。

姉の千里眼には、一体どんな未来が広がっているのだろうか。

姉の望みは一体なんなのだろうか。


「ひとの心はタんじゅんじャナいんダよ。アタしハ弟に指示をする。けれどそれハ、予知してでハナいんダよ」


予知ではないと、姉が笑いを含めて言い放つ。

彼は指示は予知からくるものだと勝手に思いこんでいた。

二週間前から今までずっと、理由を聞くまでもなくそう思いこんでいた。

先刻までなら、興味も湧かないような話題だった。

今はなぜ、と。

予知ではないというのなら、なんだったというのか、と。

知りたくてたまらなかった。


「では、なぜそんな、ことを…?」


彼の心を代弁して、看護士が続きを促した。

姉の呼吸器の音が異様に大きく、室内に響く。

彼は息を殺して、答えを待った。


「心ガ戻るナんて、アの子しダいダカラダよ。アタしはナにもしナくても、平気なアの子にきっカけを作っているにすぎナいんダよ」


それが自分の命だとしてもなのだろうか。

街に出れば否が応でも思考が必要になる。

生物に出会えば、コミュニケーションしなければいけない。

今日彼が姉の作ったきっかけのお陰狐面の少年に出会えた。

血と肉と骨と皮膚と心を、思い出せた。取り戻せた。

姉の深くて見えない暖かいなにかに、どうしてか泣きそうになった。

優しくなどない。

一辺たりとも優しさなどない。

容赦ない。

けれど、優しいと、思い涙を堪える。

唇が乾いて痛くても、その内側を噛みながら。


「どうせアんたたちハ、アタしを殺せナいんダし」


予知して欲しいんだろ?

さっさと延命しなよ。

さきほどまでとはまったく違う、重く固い気配を姉が漂わせ地を這わせるように笑って言葉を吐き出した。

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