第15話
そんな自分を、姉はどう思っているのだろうか。
考え出しすと不安で目白押しになる。
彼は姉の病室の窓を、下唇を噛みながら眺めた。
頬を冷気が撫でていく。
なぜか、急に足が有ることを意識してしまう。
双子ちゃんたちが、ふいに現れ手に手をとって鞠遊び。
それも彼がいる電線の真下で始める。
ぞくりと、体に悪寒が走った彼は意を決して窓枠に飛びついた。
彼が帰って来れるよう、窓はいつも空いていた。
レースのカーテンをはためかせ、彼専用の玄関がぽかりと口を開け出迎える。
落ちたら虚ろを意識する、落ちたら虚ろを意識する。
人面植物のように唱えながら、重いと感じてしまった体を、風船だと思いこませるため目を強く閉ざす。
勝手に小言を繰り返す、病気の植物のように。
風船風船、俺は風船、と呟きながら壁に足をかけつつ、ずいっと上半身を持ち上げた。
鼻先に触れる、微かな姉の体臭と医薬品の匂い。
そろりと目を開けると、姉が看護士に体を拭かれているところだった。
白髪を後ろに束ね、上半身裸を剥き出しにする姉。
真っ白というより青い肌。
やせ細った肩。
微かに見える乳房。
それらを見てはいけない気がした彼は、左の足元にあった空気孔に両足を乗せ頭を窓から引っ込めた。
両手は窓枠に足は空気孔に。
伸びをする猫が壁に張り付いているような体で、しばらく待つことにした。
辛くはない、自分は風船だ。
寒さに身は震え、サッシで手は痛み、素足からは痺れがよじ登り始める。
風船と意識しているが、高い場所での無理な体勢待機にはなかなか勝てない。
虚ろと実体の狭間で藻掻き意識しないため。
彼は姉と看護士の会話に聞き耳を立てることにした。
聞き耳なんて、裸を見るよりもいけないことのような気がしたが。
「お願いですから、弟君に生命維持装置の電源を切らせるのは止めてください」
姉の身の回り担当の看護士が、困った様子で咎め立てる。
彼はその行為を思い出し、思わず吐きそうになった。
胃液の迫り上がりに喉は痛み、肉を意識しますます苦痛な体勢であると、意識してしまった。
「ガいヤはすっこんでなよ」
それを姉は、いつもの調子で言いのけ鼻で笑って足蹴にした。
相変わらずの機械的な声で。
今思えば、まともじゃない。
余命わずかな姉の生命維持装置を切るなどという、殺人まがいの行為を心になんのぶれもなく実行するなんて。
思い出すだけで、自己嫌悪が止めどなくなる。
人間味というものの重大さと虚ろという体質に、彼は改めて身震いした。
それこそ、目を背ける気は毛頭なかったが。
絵空事のように生きていたことを、後悔する。
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