第2話

「破壊の力を上手に使えば、嬉しいことに自然が取り戻せた…俺は俺が駄目にした自然を元に戻すのに忙しいんだ。悪いな。…帰れ」


にっこり笑顔を向けると、泣いていた。

なんかごめん。


「…うう…うー……」


綺麗な涙が俺の家の床を濡らしてく。

なんだっけ。

こいつの涙一粒は、ダイヤモンドと相応の価値が在るとないとか。

そうすると俺は散々なかしているので結構すごい?

莫迦なことを思い出す。


見捨てたくせに、未練がましい。


「約束…したじゃ、ないですか」


したな。

覚えてる。


「わたしをまもって、くれるって」


何度も言った。

お前を守るって。


「あなたを…まもれなかったことを…ここに謝罪もうしあげます…ですから…どうか…わたしを…まもってください…」


泣いて土下座された。

ああ、そんな土間に座り込んで。

衣装が、汚れてしまう。

金の髪によく合う白の服。

真っ赤なビロードマントも、濡れた赤い眼に負けてしまう。

綺麗な、綺麗な皇太子。

俺が守ると決めた、可愛い子。


「皇帝よ、皇帝よ…おやめください」


「ちがいます…わたしは…あなたの…」


「いいえ、貴方は帝国の、皇帝で在らせられる…皇帝は守ると約束していない…俺が守るのは皇太子、ただ一人」


ひっと、喉の奥で叫ばれる。

俺の皇太子は継承権が低かった。

なのに、俺の地位向上の為にがんばって、戦って、えらくなって、皇帝になってしまった。

そうなると、俺の物にしておけない。

皇帝は、帝国のために存在しなければならない。

お世継ぎを作らなければならない。

俺はそれを、見てられない。


そう。

それもあってやめたんだ。

ぜーんぶヤになっちゃったんだ。

だって、戦っても勝っても褒めてもらえない上に、大事な子は独占できない。


絶望しても、しょうがないでしょうに。


ぽろぽろと、元皇太子が涙を零す。

俺を見上げて何かを言おうと喘ぐ。

咽喉が詰まっているのか可哀想に。

背中を撫でてあげたいけれど、俺はもう、触れない。


「うぁぁぁああああ…」


泣き崩れないでくれよ。

泣きたいのは俺だ。

まあ泣けないのだけど。

泣くって器官、壊れちゃってんだよねー。


「…えーと、帰って」


いやいやと首を振られる。

どうしようかな。

こうしようかな。

強制的に帝国にお戻り頂こう。

術式を発動させようとしたら、創ったそばからパキンと割れてしまった。

…こいつ、魔宝具付けてきてるな。

しかも、帝国の秘宝、強制術破壊の宝玉を。

なんつーもん持ち出してんだ。

いくら俺でも突破すんのに一時間位掛かるぞっ。

…それだけ本気というわけか。

求められるのは、そりゃ嬉しい。

でも、でもさ。

お前はもう、俺の物では居てくれない。


「帰れよ」


いやいや、首が振られる。


「負けそうなの?」


いやいや、首が振られる。


そうだよな。

大勝利確定な上にこいつが皇なんだもの。

ここで逆転負けなんてしたら、帝国ヤバイっしょ。


「あなたが…いないの…なんて…たえられない…」


そんなにちょくちょく会えたわけじゃないのに熱烈だ。

嬉しいよって言いたい言えない。


「あなたがいないなんて…いみがない…」


そうかいそうかい。

…最終兵器的な意味かな?


「わたしは、あなたのために」


「俺もお前の為に」


「……全身、全霊で、お詫び、もうしあげます…どうか、どうか…」


「いや無理だって」


「…わたしは…あなたと…いないと…いみが…」


「俺が居なくても立派な皇帝であらせられると思いますよ」


「……」


何度も、そういう顔を見たことがあった。

俺をよく、みんなそんな顔で見た。


まさかお前にまでそんな顔されるとは。

笑ってしまった。


震える唇でなんとか言葉を紡ごうとしている。

開いた眼からボロボロ透明な宝石が溢れ出る。

土間の土握り締め、俺ばっかり見つめてる。


皇帝がそんなんじゃ、駄目だろ。


よし帰そう。


俺のものでは、もうないのだ。


二度とこないようにしないといけない。


悪いが身体に刻んでおこう。


ああ、それとも俺を忘れて貰おうか。


そのほうが都合が良い。


もう放っておいてくれないか?


「……」


「…」


可愛かった皇太子はもう居ない。

目の前の、惨めなこれは皇帝だ。


俺の守るべき皇太子はもう居ない。

目の前の、哀れなこれは皇帝だ。


大事なあの子はもう居ない。

目の前の、情けないものは、俺には、もう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る