第6話 SNS

 それから数日後の昼休み。また新しい折り本を作って海老名先生のところに持っていった。

 俺がこのところ頻繁に職員室に行くものだから、倫理や体育の先生は訝しそうに見ているし、他のほとんどの先生も不思議そうにしている。数学の先生は、机の上の書類越しにかまって欲しそうに俺を見るけど、なんでそんな目で見るのか俺にはわからない。

 俺や俺の友人みたいなやつらとは違う普通の生徒からは評判のいい先生だから、数学の先生も海老名先生みたいになにかあるのかもしれないけど、なにがあるのかは言ってくれないのでわからない。

 数学の先生のことは無視して、鞄の中から折り本をとりだして海老名先生に差し出す。

「あの、新しく作ったやつなんですけど……」

 すると、海老名先生はにこりと笑って折り本を受け取ってくれる。

「ありがとうございます。

楽しみにしていたんですよ」

「えっと、へへへ……」

 楽しみにしてくれたと言われて、思わず照れくさくなってしまう。

 思わず俯いて視線を逸らすと、海老名先生は手元で丁寧に折り本を捲りながら話す。

「前回の折り本も、つい家族に自慢してしまいました」

「えっ? それって、奥さんとかに見せた……ってコト?」

 海老名先生以外の人に見られることなんて考えていなかったので思わず焦る。すると、海老名先生はくすくすと笑ってこう続ける。

「いえ、見せてはいません。

妻は見てみたいと言っていたのですが、東大島君の許可なく見せて良いものかどうかと思って」

「あっ……そ、そうですよね」

 奥さんには見せてないと聞いて安心したようなすこし残念なような、複雑な気持ちだ。でも、俺の許可なくって気にしたってことは、海老名先生は俺のことを気遣ってくれてるんだなと思った。

 ちらりと海老名先生の顔を見る。海老名先生はじっと折り本を見つめて読んでいる。

「あ、あの」

「ん? なんですか?」

 俺の方を見て微笑む海老名先生に、顔が熱くなるのを感じながら言う。

「俺の折り本、奥さんにも見せて良いんで。

なんならそれもあげますし」

 それからまた視線を落とす。やっぱり、調子に乗ってるって思われるんじゃないかと不安になってしまう。でも、そんな俺の不安をよそに、海老名先生はまた内ポケットから手帳を出して、大切そうに俺が作った折り本を手帳のポケットに挟む。

「ありがとうございます。

では、こちらと前回の折り本は、妻と一緒に楽しませていただきますね」

「あっ、は、はい……」

 俺の作った折り本が、海老名先生以外の人にも見られると思うとなんだか緊張する。それと同時に、胸の奥がくすぐったくなるような嬉しさがあった。

 ふと、海老名先生が俺の顔を覗き込んで言う。

「でも、せっかく素敵な折り本を作っているのですから、私に見せるだけではもったいないでしょう」

 その言葉に、俺は海老名先生の目をちらりと見て返す。

「でも、他に見せる人もいないし……

きっと友達もバカにするだろうし……」

 俺がそう言うと、海老名先生は一瞬目を逸らしてから、また目を合わせて意外なことを教えてくれた。

「実は、SNSで折り本などを作って配信する企画があるんです。

それに参加してみてはどうですか?」

「SNSで?」

 SNSの存在は聞いたことがあるけれど、俺は特にやっているわけではない。友人達も特にやっているとは言っていない。メッセージアプリだけで用件は全部済んでしまうからだ。

 でも、SNS。友人がやってなくて、当然親もやってなくて、そんな場所ならやってもいいかもしれないとすこし思う。

「その、SNSの企画ってどんなものなんですか?」

 ちょっと乗り気になってそう訊ねると、海老名先生はスマホを取り出して、コンビニのホームページを表示させて俺に見せた。

「インターネット経由でコンビニでプリントできるサービスがあるのですが、これを使って配信するみたいです」

 海老名先生がコンビニのホームページをスワイプして、色々と見せてくれる。聞き慣れない単語もあるし、ちょっと難しそうな気はしたけれど、使い方の説明を見ればなんとかやれそうだ。

「データを作るのに少々お金はかかりますが、会員登録と配信そのものは無料でできます。

なので、気軽に作品を発信できるいいきっかけだと思いますよ」

 気軽に発信できるというのはすごく魅力的に感じたし、海老名先生がさりげなく、俺が作った折り本のことを作品と言ってくれたのがうれしくてどきどきする。

「えっ……やって……」

 やってみようかな。そう口にしようとしてふと思い出す。俺がはじめて作った折り本のことを、父さんにゴミだと言われたことを。

 そう、海老名先生以外の人も見るとなったら、父さんみたいに罵られるんじゃないかと不安になった。

「あの、やっぱ、なんかこわい……」

「どうしてですか?」

「あの、また悪口を言われるんじゃないかって……」

 思わず声が震える。

 すると、海老名先生は真面目な顔をしてこう言った。

「たしかに、作品を発表する以上、批判が来ることは覚悟しないといけません」

「……やっぱり……」

 悪口は覚悟しないといけないんだ。でも、そんなこわいこと、思い切れない。

 やっぱりやめようか。そう思っていると、海老名先生はこう続けた。

「聞いてみて今後に活かせる批判なら耳を傾けてもいいでしょう。

ですが、必要無いと思った批判や、ましてや悪口まで聞く必要はありません。

SNSでやる以上、傷つけられたと思ったら、相手をブロックすればいいだけです」

「……ブロック? っていうのは?」

「特定の相手から自分の発言が見られないようにすることです」

 SNSってそんなことできるんだ。それならやってみてもいいかもしれない。

 そう、それに、多少つらいことでも、参考になる話だったら聞いた方がいい。聞くか聞かないかを俺が選べるなら、ちょっとくらいこわくってもやる価値はあるんだ。

 俺はまた震える声で海老名先生に訊ねる。

「……その企画のこと、教えてください」

「わかりました。では、企画アカウントのIDと……」

 海老名先生から企画の話と、SNSの簡単な使い方と注意点を聞いた。とりあえず、本名ではやらない方がいいとのことだったけれども、どんな名前でやればいいんだろう。

 話を聴き終わって職員室から教室まで歩いて行く途中、どんな名前にするかを考える。

 そこでふと気がついた。これって、ペンネームってやつか?

 ペンネームを使って作品を発表する。それを考えると、なんとなく恥ずかしいような、うれしいような、照れくさいような、不思議な感じだった。


 午後の授業はサボって、図書館でスマホをいじる。

 いつもみたいに校舎裏に行ってもよかったかもしれないけど、校舎裏には友人達がいるかもしれない。友人達には俺が折り本を作ってることや、それを配信しようとしていることを知られたくない。だから、絶対に友人達が寄りつかない図書館に来たのだ。

 誰もいない図書館で、スマホを使ってコンビニのプリントできるサービスとやらを調べる。とりあえず会員登録はしておいて、データの作り方を見る。データ形式とかいうよくわからない単語が出てきたけれど、説明を見る限り、コンビニのコピー機でPDFっていうデータを作ればいいということがわかった。作ったPDFとやらは、いつものコードでスマホに入れられるらしい。

 配信をするときは、スマホからコンビニのプリント用のホームページにログインして、そこにPDFを入れればいいらしい。

 データの作り方と配信の仕方を念のためスクショして保存する。それから、続けてSNSの登録に取りかかった。

 アプリのダウンロードからだけれども、ダウンロード自体はそんなに時間はかからなかった。利用規約を読むのはすこし大変だったけれど、まあ、これはコンビニのホームページもそうだったからしかたない。

 SNSのアカウントを作って、ペンネームを考えてそれを設定する。アイコンは用意できてないけど、そのうち考えよう。

 それから、あとやらないといけないことは。海老名先生から渡されたメモを見ながら、企画のアカウントを検索してフォローした。


 それからしばらくして、企画で出されたテーマに沿って折り本を作って、企画開始と共に配信をはじめた。

 他の人の作品を見ると、みんなすごいのを作ってて、俺のなんて埋もれてしまいそうだった。

 企画のことを知ったときは悪口が来るのがこわかったけど、この分だと、俺の折り本なんて見向きもされないんじゃないかなと、すこしだけ寂しくなった。

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