第5話 隠したいこと
それから数日後、俺はまた新しく折り本を作った。
あの日の帰りに百円均一で買って来たらくがき帳の紙を使って、手書きで詩を書いて作った折り本。はじめて作ったものよりすこしだけ見栄えのいい折り本は、やっぱりとてもかわいく思えた。
この折り本は、絶対に父さんにも母さんにも見せない。はじめて作ったあの子みたいに、ろくに見もしないやつに貶されたりしたくなかった。
折り本が変なふうに折れないようにらくがき帳に挟んで鞄に入れて、学校に持っていく。今日は遅刻してしまったので、学校に着いたらもう二限目だった。
これだと、昼休みまで海老名先生には会えないかな。
二限目は倫理の授業で全然気が進まなかったけれど、海老名先生と作ったばかりの折り本に免じて、授業に出てやることにした。
二限目が終わって、三限目も四限目も退屈だった。数学も物理も全然わからない。俺はとにかく数字に弱くて、計算をするのが苦手だ。だから、何かにつけて計算をさせられる数学や物理は好きになれない。それなのに、授業中に寝ることもできなくて、ただじっと、よくわからない話を聞いていた。
四限目のチャイムが鳴る。やっと昼休みだ。物理の先生はダラダラと授業を続けていたけれども、すぐに立ち上がって、鞄を持って教室を出る。
「おい、東大島、購買に行くのはもうちょっと待て!」
物理の先生の声が聞こえたけど知ったことじゃない。職員室に行く途中にある購買で、一応菓子パンを一個だけ確保してから職員室に入る。
「海老名先生」
俺がそう呼ぶと、海老名先生が手を振る。早足で海老名先生の席に行くと、向かいの席の数学の先生がちょっとだけ拗ねたように言う。
「東大島は海老名先生に懐いてるんだな」
なんで拗ねているのかはわからないけれどとりあえず放っておく。
「海老名先生、あの」
手に持っていた菓子パンを鞄に詰め込んで、代わりにらくがき帳に挟んでおいた折り本を取り出して海老名先生に見せる。
海老名先生はにこりと笑って折り本を手に取る。
「また作って来てくれたんですね」
「あの、見てくれるって言ったから……」
まだ皮が張っていないピアス穴が熱くなるのを感じながら海老名先生を見ていると、はじめて作った折り本と同じように、丁寧に捲って目を通す。それから、俺のことをじっと見てこう言った。
「今回のもとても良いです。
紙も、すこし工夫したんですね」
海老名先生はまた折り本を見て、丁寧にページを捲る。あまりにも丁寧に何度も見返しているので、俺は思いきって授業中ずっと考えてたことを伝えた。
「それ、海老名先生にあげます」
「え?」
俺の言葉に、海老名先生は驚いたような顔をしてから、照れたように笑う。
「いいのですか? 大切なものでしょう」
「大事だけど、でも、海老名先生に貰ってほしいんです」
これで返されたらどうしよう。期待と不安で背中に汗をかいていると、海老名先生はスーツの内ポケットから手帳を取り出して、折り本を丁寧に手帳のポケットに挟んだ。
「では、これはありがたくいただきますね」
「は、はい……」
受け取って貰えた。そのことにとても安心する。
「もし良ければなのですが」
「え? はい」
「次も楽しみにしています」
次。海老名先生は、またこの先のことを提示してくれた。
そのことになんだかどきどきした。
職員室から出て校舎裏へと向かう。なんとなく、今日は教室でパンを食べる気にならなかった。
校舎裏は俺の友人達のたまり場になっていて、昼休みともなると煙草の煙が漂って、その辺に吸い殻が転がっている。
「お? 煙草吸いにきた?」
友人にそう言われて、俺はしゃがみながら笑って返す。
「俺、煙草はやめることにしたんだ」
すると、友人達が口々に言う。
「なんだよ、いい子ぶってんのか?」
「先生に没収されたのか? また買えばいいじゃん」
煙草をやめようと思った本当の理由は俺にもわからない。でもとりあえず、今のところはこう言っておこう。
「なんかさ、煙草ってたばこ税ってのがかかってるんだってさ。
なんか、わざわざ余計な税金払うのバカらしくてさ」
それを聞いた友人達が驚いたような顔をして煙草の箱を見る。
「なにそれ。消費税じゃないのか?」
「消費税とたばこ税っていうのがかかってるんだってさ」
友人達が不満そうな声を上げて煙草の煙を吹かす。
「マジで? なんかバカみたいだからこれ吸い終わったらもうやめようかな」
「税金とか払いたくないよな」
「そうだよな。どうせ無駄だし」
口々にそう言って乱暴にポケットにしまう。こいつらも、今ある煙草を吸い終わったら煙草をやめるのだろうか。
まあ、やめてもやめなくても俺が決めることじゃない。好きにさせておこう。
ふと、誰かが俺に訊ねる。
「そういえばさ、東大島って最近ちょいちょい職員室行ってるけどなんで?」
思わずどきりとする。まさか海老名先生に折り本を見せるために行っているなんて言えない。
一瞬どう返すか悩んでから、耳元のピアスをいじりながら返す。
「ピアス穴開けたのが見つかっちゃってさ、その話」
ピアス穴を開けたのが見つかったのは嘘ではない。だけどその話で職員室に行っているわけではない。この小さな誤魔化しを見抜かれたらどうしよう。すこし不安に思っていると、他の友人が自分のピアスをいじりながら笑う。
「ピアスくらいいいじゃんね。
他のやつらだって、結構こっそり開けてるしさ」
良かった、誤魔化せたようだ。
そもそもピアス穴を開けたこと自体も怒られてはいないのだけれど、それも言いづらい。
なんで言いづらいんだろう。海老名先生なら、他の先生や親たちみたいに、俺達のことを理不尽に怒ったりしないってわかってるのに。
自分の気持ちがよくわからないまま、鞄から菓子パンを取り出して囓る。なんだかあまりよく味がわからなかった。
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