第3話 無理解

 学校が終わって家に帰る途中、ずっと折り本のことを考えていた。

 次に作るのにどうしたら良いかとか、どんなことを書こうかとか、そんなことだ。それにくわえて、海老名先生が言っていた、しっかり裁断された紙を使った方が。という言葉も思い返していた。

 コピー用紙なんてどこで買えるんだろう。百円均一で剥がせるらくがき帳があるから、そういうのを買ってみるのが良いのだろうか。

 そうだな。百円くらいだったら、手が出せないなんてことはない。折り本を作るのであれば、煙草を買うよりもらくがき帳を買う方がずっと良いような気がする。

 電車を途中下車して、よく遊ぶ街にある百円均一に寄って白い紙のらくがき帳を買った。いかにも子供向けのらくがき帳を買うのはちょっとだけ恥ずかしかったけれど、でも、いざ買ってしまうとなんだかうれしかった。

 財布しか入ってない鞄の中にらくがき帳を入れて家に帰る。

「ただいま」

 家の中に入って声を掛けても、誰も返事をしない。玄関には母さんの靴も父さんの靴もあるから、家の中にいるはずなのに。

 でも、そんなことはもう慣れた。晩飯の時間まで部屋にいよう。

 そこでふとポケットに手をやる。そこには、海老名先生があれだけ褒めてくれた折り本が入っている。

 明かりのついている居間を見て、もしかしたら。と期待を抱く。

 そっと居間を覗き込むと、父さんがテレビを観ながらビールを飲んでいた。

 父さんは今まで一度も俺のことを褒めてくれたことがない。母さんだってそうだけれど、でも、海老名先生が褒めてくれた折り本を見せたら褒めてくれるかもしれない。

「あの、父さん」

 思いきって声を掛けると、父さんは面倒くさそうに振り返る。

「あ? なんだ」

 ポケットから不細工な、それでも俺にとってはかわいい、海老名先生は素敵だと言ってくれた折り本を取り出して父さんに見せる。

「俺、こんなの作ってみたんだけど」

 すると父さんは、手に取りもせずに鼻で笑って俺に言う。

「そんなゴミ作ってどうすんだ」

 思わず体が固まる。

 そう。父さんはいつだってそうだ。俺がやったことも、作ったものも全部貶して否定して、馬鹿にしたように笑う。

 今までずっとそうだった。だから慣れてるはずなのに、折り本をゴミと言われたのはショックだった。

「でも、これ、先生に見せたら褒めてくれて」

 震える声で俺が言うと、父さんは耳障りな声で大笑いして肴の乗っていた皿を俺に投げつける。

「そんなのお世辞に決まってるだろ。

調子に乗んな。バーカ」

 俺に当たった皿が床に落ちると、母さんも不機嫌そうに俺に言う。

「ちょっとあんた、お皿が割れたらどうすんのよ」

 なんで俺ばっかりこんなにバカにされなきゃいけないんだ。

「うるせえ! 知るかよ!」

 大声で怒鳴り返して、階段を上って自分の部屋に籠もる。

 鞄をベッドに投げつけて、改めて折り本を見ると、やっぱりどう見ても不細工で、ゴミと言われても仕方がない気がした。

 なのにくやしくて、でもその気持ちをどこにぶつければいいのかわからなくて、折り本を両手で何度も破いた。

 こんなもの捨ててしまおう。そう思って折り本を拾い集めると、もうただの紙切れになったのに、それでもやっぱりかわいかった。

「……無理だよ……捨てらんないよ……」

 バラバラになった折り本を机の中にしまって、ベッドの上でうずくまる。

 父さんも母さんも、いつだってこうだ。いつだって俺をバカにする。そのくせ俺がしっかりしてないと本家の遺産を継げないからって、勉強はやれとか口うるさい。勉強なんて、一度も教えてくれたことがないくせに。

 いつもそうだ。俺ばっかり踊らされてバカみたいだ。

 いつもそう……

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