第37話 青空弁当を四人で

「午前の授業やっと終わりましたね!」


「とっても疲れたんだよん! お腹空いたから早くお弁当食べよ!」


「レイナはずっと寝てただけじゃないの!」


 昼休みが始まり、四人はチカの席に集まっていた。


「久しぶりにまた屋上で食べようよん!」


「レイナちゃんと二人で食べた時以来ですね」


「ちょっと駄目よ! 屋上に勝手に行くのは校則違反よ!」


「ユリちゃん、時には規則に縛られずにのびのびとしてみるのも良いものですよ」


 チカはユリの右手に自分の両手を添えた。すると、ユリの顔がみるみるうちに赤くなっていった。


「し、仕方ないわね! 今日だけよ、特別に!」


「本当、ユリはチョロいなぁ……」


 リョウコは小声でそう呟くと、苦笑いした。










 さんさんと眩しい陽の光が当たる屋上に、四人はレジャーシートを敷いて座っている。


「レイナちゃん、この前の約束通りお弁当作ってきましたよ」


「ありがとう! 早速食べさせてもらうよん!」


 レイナは弁当を受け取ると、蓋を開けた。中にはレイナが好きな豚カツの他に、レタスのサラダ、ほうれん草のおひたし、ロールキャベツなど様々な料理が入っていた。

 まずは好物の豚カツを箸で掴むと、口の中に運ぶ。


「カリッとした厚めの衣の表面を噛むと、続いてフワッとした肉の柔らかさとよい香りが口の中に広がる。私には分かるよ、これ結構良い豚肉使ってるでしょ?」


「分かります? TOKYO Xっていう豚肉を使っているんですよ」


「と、TOKYO X!? それ、すごい高級な奴じゃないの!」


 ユリは驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 TOKYO Xは東京都のブランド豚で、稀少価値の高い大量生産のできない「幻の豚」といわれている。バークシャーの霜降り部分、デュロックの薄い皮、北京黒豚のもちもち食感の、3種類の豚のいいとこ取りをしてつくられた合成種。上品な香り、さっぱりした口どけのいい脂肪、やわらかくてキメの細かい肉質などが特徴の豚肉だ。


「レイナちゃんには美味しい物を食べて欲しくて、最高級の食材を集めました。けっこう奮発したんですよ」


 その後、豚カツ以外の料理にも箸を伸ばした。


「チカは本当に料理が上手だね。美味しいだけじゃなくて、栄養の事も考えられていて完璧だよん!」


「喜んでもらえて嬉しいです!」


「チカ、大好きだよん!」


 レイナとチカは最高の笑顔で、抱きしめあった。

 そして、そんな二人の様子をユリがじっとりとした視線で見つめている。

 

「チカはレイナのためには弁当を作るのに、私には何も無いのね……」


「ん? ユリちゃん、何か言いました?」


 ユリの声はボソボソと掠れたような声だったので、よく聞き取れなかったようだ。

 

「い、いや……何でも……ないわ……」


「もしかしてユリちゃんも食べたいんですか?」


「べっ、別に……」

 

「それじゃあ今度は皆の分も作ってきますね!」


「そっ、そう!? チカがどうしてもっていうなら仕方ないわね!」


 先程まで暗かったユリの表情は、一瞬のうちに眩い笑顔に変わった。


「ユリは本当に分かりやすい子だなあ。ヘ……へーックション!」


 リョウコが突然大きなくしゃみをした。


「大丈夫ですか!?」


「最近ちょっと風邪気味なんだよね…」


 リョウコからは、鼻をすすりながら言った。


「リョウコが風邪なんて珍しいわね。馬鹿は風邪をひかないっていうのに……」


「さらっと辛辣な事言うのやめてくれないかな!」


「リョウコちゃん、具合が悪いならこれをどうぞ」


 チカは自分のバッグからコーヒー缶のような物を取り出した。


「それは何?」


「テスラ缶です! 枕元に置いて寝るだけで、缶の中にある不思議なエネルギーが作用してとっても元気になれるらしいです」


「へぇー、すごそうだね!」


「缶を開けると効力が薄れるらしいので、絶対に開けないでくださいね」


「うん、わかった! ありがとうね!」


「ちょっとストップ、ストップ!」


 ユリが慌ててチカからテスラ缶を取り上げた。慣れない機敏な動きをしたので、ゼエゼエと息を切らしている。


「きゃぁ! いきなりどうしたんですか!?」


「どうしたじゃないわよ! どう考えても怪しいでしょ、この缶! いくらで買ったの?」


「ネットショッピングの春のセールで二万円で買えました。普段は二百万するらしいので、お買い得ですよね!」


「あなたそれ絶対に騙されてるわよ!」


 ユリは感情の昂りで顔が青ざめたり真っ赤になったりを繰り返し、最終的に色が混ざりあったのか紫色になっていた。


「でも、五つ星のレビューが沢山あったんですよ。効果を実感した人が他にいたんです」


「それはサクラよ。普通に考えてこんなただの缶にすごいエネルギーなんてある訳ないでしょ!」


「そんな……私は騙されていたのですか……」


「はぁ……チカには勉強だけじゃなくてネットリテラシーも教えないといけないみたいね…」


「ねっとりてらしい?」


「簡単に言うと、うそはうそであると見抜ける人でないとネットを使うのは難しいってことよ」


「なるほど、私にはネットリテラシーが備わっていなかったのですね……」


 自分が詐欺にあうことは無いと思っていただけに受けたショックは大きく、チカは肩を落として露骨に落ち込んでいる様子だ。


「安心して。クーリングオフ、つまり返品の手続きを手伝ってあげるから」


「本当ですか!? ありがとうございます、ユリちゃん!」


「ちょ、ちょっとチカ! そんなに抱きついてこないでよ! あっ、頬ずりは駄目! 頬ずりはやめなさーい!」


 照れたユリの甲高い声が、春の鮮やかな空に響き渡った。


「ふぅーごちそうさまでした! チカのお弁当、美味しかったよん!」


「それは良かったです。そろそろ午後の授業が始まるので教室に戻りましょうか」


 弁当を食べ終えた四人は屋上を去り、教室へと戻っていった。

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