第33話 仮入部編➁
「ううっ……足が痺れてきたよん……」
「正座は日本の文化ですから、もう少し頑張りましょう」
部活動の仮入部期間の二日目、昨日は運動部を一通り周ったのでこの日は文化部を周ることになっていた。
最初にやって来たのは茶道部の茶室だ。四人は畳の上に正座してシャカシャカと茶をたてている。
「ユリはどうしてそんなに美味しそうに泡だってるの? 僕よりも筋肉無いはずなのに」
「筋肉は関係無いわよ! お茶をたてるのにはコツがあるのよ」
「どうすればいいの? 教えて教えて」
「こんな感じに……シュシュッと」
「わかりにくい!」
「仕方ないでしょ! 人に説明するのって意外と難しいんだから!」
そんな話をしながらある程度茶筅を動かし、四人は茶を飲むことにした。
「お茶を飲むのに何か作法とかあるんですよね。どういうのでしたっけ?」
「茶碗を時計回りに二回転させるのよ。こんなふうに」
ユリのお手本を見ながら他の三人も茶碗を回した後、茶を口に運んだ。
「はぁ〜、美味しいです! これぞ日本の心って感じですね〜」
チカは穏やかな笑みを浮かべて息をついた。
「苦い! なんかすごく苦い!」
「リョウコのたて方が下手だからよ! 私のを飲んでみなさい。上手にできたから」
リョウコはユリから茶碗を受けとると自分の口元へと運んだ。
「あっ、美味しい……苦味だけじゃなくてほのかな甘みを感じる」
「これこそが本物の抹茶よ! どう? すごいでしょ?」
「美味しそうですね。私にもユリちゃんの抹茶、一口くれませんか?」
チカはキラキラと目を輝かせながらユリを見つめる。
「駄目よ! 間接キスになるじゃない!」
ユリは顔を真っ赤にしてチカのお願いを拒否した。
「え!? でもリョウコちゃんには飲ませてあげてましたよね?」
「チカは駄目なの!」
「私、ユリちゃんに嫌われてたんですね……私はユリちゃんのこと大好きだったのに……」
チカは両手で顔を覆って静かに泣き始めた。
「違うの! 泣かないで、チカ! 別にチカのことが嫌いな訳じゃないわ!」
「グスッ……本当ですか?」
「本当よ! ほら、私の抹茶飲んでみていいから」
「ありがとうございます……」
チカはユリから茶碗を受けとると静かに茶を飲んだ。
「美味しいですね! 流石、ユリちゃんです!」
目に浮かんでいた涙は一瞬のうちに消え去り、チカの表情はパアッと明るくなった。
「次はどうしますか?」
茶を飲み終わり茶室を後にした四人は、廊下を歩きながら次の目的地について話し合っている。
「あそこに入ってみない?」
ユリが指さしたのは、かるた部の部室だ。
「かるたですか。面白そうですね!」
チカが横開きの扉を開くと四人で部室の中へ入った。
「おじゃましま〜す」
「あら、いらっしゃい。仮入部の子かしら?」
部室に入ると和服を着た部長らしき上級生が出迎えてくれた。
「かるたを体験させてください!」
「いいわよ。こっちにいらっしゃい」
部長は畳の上に四枚の座布団を用意した。
「それじゃあ百人一首をやるわよ。私が読み手をするから四人で対決してみてね」
四人が座布団に座ったことを確認すると部長は札を並べた。
「あ、あの……」
並べられた札を見るとチカは不安そうな表情で恐る恐る手を挙げた。
「どうかした?」
「これ私が知ってるかるたと違います。何か呪文のような言葉が沢山です……」
「百人一首知らないの!?」
「はい……」
「中学の国語の授業で百人一首は学んでるはずなんだけどね……仕方ないわね、説明してあげましょう」
部長はチカに百人一首のルールを丁寧に教えてあげた。
「どう? 理解できた?」
「だいたいわかりました!」
「それじゃあ始めるわよ」
ルール説明を終え、百人一首の対決が始まった。
「秋の田のかりほの庵の苫を荒み……わがころも手は露に濡れつつ」
部長が札を読み始めると四人はキョロキョロと場を見回して札を探した。
「これです!」
チカは読まれた札を見つけて素早く手を伸ばした。
「遅い!」
遅れてリョウコが動き出し、チカよりも先に札をとってしまった。
「私の方が先に見つけたのに……」
「瞬発力は僕の方が上だったね!」
リョウコは誇らしげに取った札を掲げた。
「ちはやふる……」
「これだよん!」
次の歌が読まれてすぐに、レイナは目にも留まらぬスピードで自分の目の前の札を取った。
「すごく速いですね!」
「『ちはやふる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは』、この句は完璧に覚えてるんだよん! あの有名なかるた漫画を全巻読んだからね!」
「その漫画なら僕も読んでたのに、悔しい〜!」
リョウコは苦虫を噛み潰したような表情でうなだれている。
「それじゃあ次いくけど、いいかしら?」
「はい、お願いします!」
「せ……」
部長が読み始めると同時にユリが手を伸ばし始めた。
「せいやぁー!」
普段なら絶対に出さないような野太い声をあげながら、バシンと音をたてて札の上に手を置いた。
「どうして『せ』しか言ってないのにわかったんですか?」
「この句は一字決まりなのよ」
「一字決まり……ですか?」
「最初の一文字だけで推測できる句のことよ。『せ』から始まる句は『瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ』だけなの」
「一文字覚えておくだけで札が取れちゃうなんて裏技みたいですね!」
「ちなみにこの句は『川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた滝のように急流が2つに分かれる。しかしまた1つになるように、あなたと離れていてもまたいつか再会したいと思います。』という意味なのよ。激しい恋心を表現した素晴らしい歌よね!」
「君、なかなか詳しいね! かるたの素質あるよ!」
「えへへ……ありがとうございます!」
部長に褒められたことで照れたユリは、顔を赤くしながら左手で後頭部をさすっていた。
「良かったらうちに入らない?」
「え!? か、考えておきます!」
部長から思わぬ勧誘を受けてユリはかなり動揺した様子だ。
「それじゃあ次を読むね。あしびきの……」
「これよっ!」
「負けないよん!」
ユリとレイナの手がほぼ同時に札に触れた。
「今のは私よ!」
「絶対に私だよん!」
「なぁにぃ!?」
「やるの? やるのかよん!?」
二人は互いに強く睨み合いながら火花を散らしていた。
「君達、そんなに殺伐としない! せっかくだから楽しくやりなよ!」
「ごめんなさい……」
部長にたしなめられ、二人は素直に謝った。
それからも四人は熱い勝負を繰り広げて、かるた部の体験を満喫した。
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