第31話 スプリングセミナー編最終日

(苦しい……窒息してしまいそうです……)


 チカは全身を何かに押し潰されて呼吸ができないでいる。


(周りは真っ暗で何も見えません。もしかして瓦礫に埋もれてしまったのでしょうか。まだ死にたくないです……)


 生存本能が働き、チカは今までにないほど激しく手足を動かした。


「うわぁ、地震か!?」


 チカのじたばたとした動きの振動によってレイナが飛び起きた。

 チカの体を押し潰していた物の正体はレイナだったのだ。どうやら寝返りをうった時に、チカの上に乗り上げてしまったようだ。


「ううっ、レイナちゃん……私、もう駄目かもしれません」


「ごめん、ごめんよチカ! 死なないで〜!」


 レイナは目に涙を浮かべながらチカの両手を握りしめた。


「朝から騒々しいわね……」


「まあ元気なのは良い事だよ」


 騒ぎを聞きつけてユリとリョウコも目を覚ました。


「こうなったら、人工呼吸だよん!」


「レイナちゃん、もう大丈夫です! 復活しましたから!」


「いや、念のため人工呼吸しよう!」


「は、はい! わかりました!」


 レイナは大きく息を吸い込むと、自分の口をチカの口に近づけた。


「二人とも馬鹿な事してないでさっさと準備するよ。もうすぐ朝のランニング始まるから」


 リョウコの言葉で二人は正気に戻ると密着した体を離れさせて、そのままランニングの準備を始めた。









「皆さん三日間お疲れ様でした。これでスプリングセミナーは終了です! 今回の経験は今後の学校生活において大いに役に立つでしょう。これからも頑張ってください」


 朝のランニングや午前の授業などが全て終了し、現在スプリングセミナーの閉会式が行われている。 


「それではこれから帰りのバスに乗り込みます。A組から順番に駐車場に向かってください」


 閉会式が終了するとA組の生徒達はホテルの外に出て、バスに乗り込んだ。


「いよいよ帰るんですね!」


「久しぶりに自分のベッドでゆっくり寝たいわ。ホテルのベッドだと何故か落ち着かなくて」


「ユリちゃんもそう思いますか? やっぱり自分のベッドが一番ですよね!」


 そんな話をしているとバスのエンジンがかかった。


「それじゃあ出発しますよ〜! 皆さん諏訪湖にお別れしましょう〜」


 織田がマイクを持ってアナウンスをするとすぐにバスが出発した。

 生徒達は窓の外の諏訪湖を名残惜しそうに見つめていた。









 バスがホテルを出発してからかなりの時間が経過した。


「んも〜、ウノもトランプも飽きたよん! 早く帰りたい!」


 一通りゲームを遊び終えて退屈になってしまったレイナは手足をバタバタさせて駄々をこね始めた。


「レイナ、駄々をこねない! 今は山梨県だからもうすぐで着くから」


 リョウコは暴れるレイナを大人しくさせるために叱りつけた。


「本当? もうすぐで高校に帰れるの?」


「本当だよ。だってもう関東に入ってるからね」


「リョウコ、山梨は関東じゃないわよ!」


 リョウコの間違いをユリがすかさず指摘した。


「あれ、そうだっけ? でもスポーツの関東大会には山梨が参加してるよね」


「山梨は地方の区分は中部地方だけど、何故か関東大会に出場する特殊な地域なのよ」


 ちなみに山梨県が関東大会に参加するのは、山梨県の私立学校に東京出身の生徒が多くいるからだと言われている。(諸説あり)


「山梨県ってどういう所でしたっけ? 東京の隣にある割にはあまり目立たない県なので」


「そりゃあ風林火山の武田信玄でしょ。あの信長をも恐れさせた名将だよ!」


 リョウコは大好きな戦国武将の事をイキイキと話し始めた。


「武田信玄ですか、名前は聞いたことあります。どんな事をした人なんですか?」


「父親を追放したり息子を切腹させたり……でも、優しい面もあったみたいだよ。民衆のために堤防を作ったんだ。それは現在でも使われているほど丈夫な物らしいよ」


「そうなんですね! あっ、そういえば……」


 チカは何かを思い出したよう突然、両手をパチンと叩いた。


「山梨といえばとっても有名な物がありましたね! あの日本一の山……」


「ちょっとストップ!」


 ユリがチカの言葉を慌てて遮った。


「いきなりどうしたんですか?」


「間違えても富士山が山梨の物なんて言うんじゃないわよ。静岡県民に殺されるわよ! 静岡県民はどこに潜んでるかわからないんだから……」


「そんな本気で殺しにきたりはしないですよ〜」


 鬼気迫る表情で訴えかけるユリに対して、チカはあまり重く受けとめていない様子だ。


「あなたは静岡県民の真の恐ろしさを知らないのよ! 奴らは富士山の所有権を主張するためならどんな事でもやってのける最凶の民族なのよ! だから富士山の話題はもう禁止、わかった?」


 ユリは過去のトラウマを呼び起こされてしまったようで、目を白黒させながら静岡県民の恐ろしさについて説いた。


「は、はい……わかりました……」


 ユリの凄まじい勢いに押されてチカは引き下がった。


「はぁはぁ……大きな声を出したら疲れたわ。ちょっと眠るわね」


「私もやること無くて暇だから寝るよん」


「じゃあ皆で寝ましょう!」


 三日間の疲れがピークに達し、四人は座席をリクライニング状態にして眠りに就いた。











「皆さん起きてくださ〜い! 高校に到着しましたよ〜!」


 織田がアナウンスをすると眠っていた生徒達が次々と目を覚ましてバスを降りた。


「それではここで解散です! 気をつけて帰ってくださいね〜!」


 バスから降りてすぐに解散が宣言され、生徒達はそれぞれの家路についた。


「私達も帰りましょうか」


「そうね。早く家に帰って自分のベッドでゆっくり寝たいわ」


 四人はスプリングセミナーの楽しかった思い出などを語り合いながら下校を開始した。


「それじゃあ僕達は電車に乗るから、ここでお別れかな」


 しばらく歩くと駅に到着した。


「スプセミが終わっても私達の高校生活はまだまだ続きます。これからも楽しい思い出を沢山作っていきましょうね!」


「それじゃあ最後に円陣を組みましょ!」


「ユリ結構ノリノリだね。この前は恥ずかしがってたのに〜」


 レイナはからかうようにユリのほっぺたをつついた。


「うるさいわね、さっさと円陣組むわよ!」


 ユリの言葉に従い、四人全員で肩を組み円陣を作った。


「それじゃあいくわよ……JK四天王、これからもエンジョイするぞ〜!」


「おー!!」


 四人の明るい声が夕焼け空に響き渡った。

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