第30話 スプリングセミナー編二日目⑥

「ふわぁ〜、今日は二回も運動をしてもうヘトヘトだからそろそろ寝るわね」


 ユリは欠伸をしながら言った。


 一日の締めくくりである自習時間が終わり、四人は部屋でくつろいでいた。時計を見ると、針は消灯時間の三分前を刺している事がわかる。


「せっかくのお泊りなのにもったいないよん! せっかくだから夜遅くまでお話しようよん!」


 レイナは眠そうなユリの肩を掴んでゆらゆらと揺らして抗議する。


「少しくらいなら起きててもいいけど、特に話題が無くない?」


「それは今からリョウコが考えてくれるよん!」


「え、僕!?」


 突然、話を振られたリョウコは動揺しながらも顎に手を当てて話題を考えた。


「うーん、こういう時の定番は恋バナじゃない?」


「いいね! 恋バナしようよん! 雰囲気出すために電気消しとくね」


 電気のスイッチが消えて部屋が暗くなると、二人分しかない布団にぎゅうぎゅう詰めになりながらも四人で入った。


「僕とユリは彼氏とかいないけどチカとレイナはどうなの?」


 恋バナをしようと言い出したリョウコが最初に口を開いた。


「私なんかに彼氏さんができる訳ないじゃないですか」


「私もいないよん!」


「二人とも結構可愛いのにフリーなんだね。あっ、性格の問題か……」


「ん? 何か言いました?」


「いや、何でもないよ!」


 そこからしばらく静寂の時が流れた。


「ねえリョウコ。誰にも彼氏がいないから恋バナなんて無理じゃないの?」


 とても疲れているユリは、さっさと話を切り上げて眠ろうとした。

 

「いや、ここは過去の恋愛エピソードについて語り合おう。まずはレイナの話を聞いてみたいな」


「私ね〜、中学時代はすっごくモテモテだったんだよん!」


 レイナが自信満々に自分の過去を語り始めた。


「毎年バレンタインの日はね下駄箱の中に大量のチョコレートが敷き詰められていたんだよん!」


「バレンタインって女の子が男の子にチョコをあげるイベントじゃないの?」


 そんなリョウコの疑問をスルーして、レイナは話を続ける。


「クリスマスの日には皆、私の家にクッキーとかケーキとか色んなお菓子を持ってきてくれたんだよん! どう? モテモテでしょ?」


「レイナ、あのね……」


 リョウコは言いづらそうな表情をしながらも声を絞り出した。

 

「それはモテてたんじゃなくて、レイナの家が貧乏でイベントを楽しめないと可哀想だから、同情して色々くれただけだと思うよ」


「いや、そんな事ないよん! 私はとってもモテモテで……」


 レイナは動揺しながらも、リョウコの言った事を否定した。


「レイナ、現実を見ようよ」


「うわーん!」


 とどめをさされたレイナは泣きながら掛け布団の中に潜ってしまった。


「おーい、レイナー! 拗ねてないで出ておいでー!」


「リョウコがレイナにきつい事言うからよ。後でしっかり謝っておきなさい」


「うん、そうだね……」


 リョウコはユリに諭され、レイナに言い過ぎてしまった事を反省した。


「じゃあ次はユリの話を聞いてみようかな」


「え、私!?」


「ユリちゃんの恋バナですか、興味あります!」


「私、別に好きな男子なんていないんだけど……」


「ユリ、別に恋愛対象は男子でなくたって良いんだよ」


 リョウコはニヤニヤといたずらっぽくユリの耳元で囁いた。


「ど、どういうことよ!?」


「だ~か~ら~、ユリには好きな女の子がいるんじゃないの〜?」


「そうなんですか!? ユリちゃん、誰ですか? 誰の事が好きなんですか〜?」


 チカは興味津々な様子でユリの顔を見つめた。

 至近距離でじっと凝視された事でユリの顔はみるみるうちに赤くなった。


「うるさいうるさい! チカのおバカ!」


 ユリは目に涙を浮かべながら掛け布団の中に潜っていった。


「ありゃ〜、ユリまで拗ねちゃった」


「そういえば、リョウコちゃんには何か恋愛のエピソードは無いんですか?」


 チカがそう言うと、掛け布団の中に潜っていたユリとレイナがモグラのように勢いよく飛び出してきた。


「うわっ!? びっくりしたー」  


 二人が突然、全く同じ動作で現れたのでリョウコは腰を抜かして驚いた。


「リョウコの恋バナ聞きたいよん! はよ聞かせてみぃ!」


「僕には恋愛エピソードなんて無いよ!」


「いや、中学時代に色々とあったじゃない。リョウコの代わりに私が話してあげるわ!」


「ぜひ聞かせてください!」


「ちょっと、勝手にやめてよ!」


 リョウコの意思を無視してユリは中学時代の事を話始めた。


「リョウコはね中学時代、バドミントン部に入ってたのよ。そこが男女混合の部活でね」 


「部活で深まる絆、友情が愛情へ……的な感じですか?」


「ええ、そんな感じよ」


「全然違う!」


 リョウコはユリの頭を軽く小突いてツッコミを入れた。


「リョウコは運動神経が良くて格好良いでしょ? それにものすごく面倒見が良いのよ。だから年下の男子からの人気が半端なくてね」


「なんとなくわかるなぁ。リョウコって姉御肌だもんね!」


「そ、そうかな……」


 急に褒められて、リョウコは反応に困って顔を赤く染めていた。


「それでね地区大会でリョウコが優勝した日、大量の男子部員達がいっせいに告白してきたのよ」


「いっせいに告白!? リョウコちゃんがそんなにモテてたなんて……それでどうなったんですか?」


 チカは身を乗り出して話の続きをせがんだ。


「自分とバドミントンの試合をして勝てた人とつきあってあげるって言って、全員ボコボコにしてたわ」


「だって僕よりも弱い人とはつきあいたくないじゃん!」


「流石バーサーカーね……」


 ユリは血気盛んなリョウコに少し引いてしまったようだ。


「リョウコちゃんらしいエピソードですね」


「さて僕の事はユリが話してくれたから、最後はチカの話を聞かせてもらおうかな」


「は、はい! え〜っと……」


 チカが喋り出すと同時に部屋の中に眩しい光が差し込んだ。四人はとっさに光の方を見ると部屋の扉を開けた武田の姿があった。


「あなた達、さっさと寝なさい!」


「おっ、武田っち〜。武田っちは恋してる?」


「恋!? いきなりなんてこと聞くんですか!」


「意外と生徒に対して恋愛感情持ってそうだよね〜、もしかして私だったりして。武田っち、私はいつでも大歓迎だよん! なんちゃって〜」


 レイナは顔に笑みを浮かべながら、冗談めかして言った。


「そ、そ、そ、そんな訳ないじゃないですか! 教師が特定の生徒に特別な感情を抱くなんて事はあってはいけません! 馬鹿な事言ってないでさっさと寝なさい!」


 武田は顔を真っ赤にして怒鳴ると、部屋の扉をバタンとしめて自分の部屋へと戻っていった。


「怒られちゃったわね。今日はもう寝ましょ」


「ええ〜、チカの恋バナをまだ聞いてないよん!」


「それは今度、ゆっくり聞けばいいじゃない。明日も早いんだし、ちゃんと寝ないとランニングでバテるわよ」


「は〜い……」


 ユリとリョウコは布団から出て自分のベッドへと戻っていった。


「おやすみなさい!」


 四人がほぼ同時に言うと、そのまま全員すぐに眠りについた。

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