第29話 スプリングセミナー編二日目⑤

 午後の授業が終わり太陽が完全に沈んだ頃、生徒達は夕食会場に集まっていた。

 テーブルの上にはいくつもの鍋と、肉や野菜などの食材が並べられている。


「本日の夕飯はすき焼きで〜す。四人で一つの鍋を使うので、部屋ごとのグループで集まってくださいね〜」


 全ての生徒達が四人一組で着席すると、織田がいただきますの号令をかけ、夕食の時間がスタートした。


「私、すき焼き食べるのすごい久しぶり! 早く食べたいよん!」


 レイナはすき焼きを食べるのは小学生以来なので、興奮を隠せずにソワソワしている。


「僕が作ってあげるから待ってて!」


 リョウコは長い箸を使い具材を鍋の中に投入し、グツグツと煮込み始めた。


「そろそろ良い感じかな? いただきま〜す!」


 レイナは鍋に箸を伸ばして具材を取ろうとした。

 しかし突然伸びてきた別の箸に勢いよく弾かれてしまった。


「リョウコ、いきなりどうしたの!?」


「まだ食べるのには早い! 野菜がまだまだ煮えてないでしょ!」


「でも白菜ってちょっとくらいシャキシャキ感を残しておいても美味しいと思うよん!」


「鍋とは戦場、そして僕は鍋奉行。戦場では奉行の命令は絶対だよ!」


 心なしか、リョウコの目にはメラメラとした炎が浮かんでいるように見える。


「奉行ってどちらかというと内政担当で、戦場には行かないんじゃ……」  


「黙れぇい! 鍋奉行である僕の命令は絶対だよ! 従わないなら流罪に処す!」


「る、流罪!? わかった、大人しくリョウコに従うよん……」  


 リョウコの気迫に押されて、レイナは大人しく具材が煮えるのを待つ事にした。


「リョウコちゃん、そろそろ煮えてきたんじゃないですか?」


「うん、良い感じだね! 皆、食べて良いよ!」


 鍋奉行の許可が出ると四人は箸で具材を掴み、生卵に絡めて食べ始めた。


「味が染みてて美味しいです! ほっぺたが落ちそうですよ〜」


「私はこの春菊が気に入ったわ。最初、口に入れた時はこの独特の風味に嫌悪感を覚えたけど、だんだんと癖になってくるわ!」


 ユリは人生で初めて食べた春菊に魅了されてしまったようだ。


「このジューシーなお肉がまろやかな生卵とマリアージュしている……これはいくらでも食べられるよん!」


「レイナ、肉ばっかりじゃなくてちゃんと野菜も食べて!」


「え〜、野菜より肉が良い!」


 するとリョウコは顔に邪悪な笑みを浮かべながら、指をポキポキ鳴らし始めた。


「流罪になるなら淡路と隠岐どっちが良い?」


「なんか急に野菜を食べたくなってきたなぁ! 野菜とっても美味しいなぁ!」


「わかればよろしい」


 それから四人は夕食時間が終了するまですき焼きを心ゆくまで楽しんだ。








 夕食時間が終わると四人はすぐに大浴場へと向かった。


「あ〜、疲れた体に効くわぁ! 温泉最高!」


 ユリは朝のランニングや午後の体育の授業で酷使した身体を温泉で癒やしている。温泉の効能にある疲労回復は嘘ではなかったようだ。


「ユリちゃん、今日すごく頑張っていましたもんね」


「一日に二回も運動するとか正気の沙汰じゃないわよ! もう二度と御免だわ!」


「ヘトヘトになっていたユリちゃん、実は結構萌えました〜」


「うるさいわね!」


 ユリはチカにからかわれたと感じ、少し不機嫌そうな表情をした。


「ねぇねぇ皆、今日もサウナ行こうよん!」


「良いですね! 行きましょう!」 


 レイナの提案で四人はサウナルームへと入り、迷わず一番上の段まで上り椅子に腰掛けた。


「もう少しでスプセミ終わっちゃうわね……」


 ユリは少し寂しそうに呟いた。


「勉強はきつかったけど、皆ととっても仲良くなれて私は楽しかったよん!」


「確かにすごく距離が縮まったよね! 僕達が出会ってからまだ一週間も経ってないなんて信じられないよ!」


「私、今まで友達があんまりいなかったからチカやレイナと仲良くなれてとっても嬉しいの。皆と二十四時間ずっと一緒に過ごした時間は夢のようだったわ。だからそれが終わると思うとなんだか寂しくなってきちゃって……」


 言葉を紡ぐに連れてユリの声はどんどんかすれていった。

 悲しそうに下を向いたユリの背中にチカが優しく手を添えた。


「私達の高校生活はまだ始まったばかりじゃないですか。スプセミが終わって学校に帰っても、まだまだ楽しい事が沢山ありますよ!」


「チカ……そうね、前向きに考えましょ! 皆、これからもどうかよろしくね!」


「ユリは昔から何かある度に感傷的になるよね。まあ、そういう所も可愛いんだけどね」


「感傷的で悪かったわね!」


「あはは、冗談だよ。そんなに怒らないでよ」


「もう、リョウコったら!」


 ユリはほっぺたを大きく膨らませて、拗ねたような素振りを見せる。

 

「暑い……ちょっと頭がクラクラしてきたよん……」


「レイナちゃん大丈夫ですか? そろそろ出ましょう!」


 サウナに入ってからちょうど十分が経過していたため、四人はサウナルームから退出した。


 その後、四人は水風呂に入って体を冷やしたり露天風呂で夜空を眺めたりしてから風呂を上がった。

 風呂から上がるとこの日も休憩スペースで待機していた織田に牛乳を奢ってもらい、部屋へ戻って自習時間の準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る