第28話 スプリングセミナー編二日目④
国語の授業が二時間、英語の授業が二時間終わると昼食の時間が訪れた。
その日の昼食は長野の有名な高級和食店の弁当だった。
美味しい昼食を食べ終えると、生徒達には四十分の昼休みが与えられた。
「いやぁ〜、授業きつかったよ! 僕はちょっと寝るね」
リョウコはベッドに横たわるとほぼ同時に大きないびきをかいて眠り始めた。よほど疲れていたのだろう。
「私も疲れたのでお昼寝します」
チカが布団に入ろうとすると、腕を強く引っ張られ阻止された。
「チカは寝ちゃ駄目よ!」
「どうしてですか!?」
「あなたは基礎がなってないから、どれだけ授業を受けても身にならないわ。こういう空いた時間に基礎を固めるのよ!」
「ええ、そんなぁ〜」
「私も手伝ってあげるから、さっさとやるわよ!」
「はい……」
チカは休む暇も与えられず、ユリに勉強を叩き込まれる事になった。
「私は暇なんだけど何すればいいかなぁ?」
「そんなに暇なら一人しりとりでもしてなさい」
「それはいい考えだね! しりとり、リンボーダンス、数学的帰納法、宇治拾遺物語、り……」
ユリは冗談で言ったつもりだったが、レイナは本気で捉えてしまい、一人でぶつぶつとしりとりを始めた。
「まずは古典からやっていくわよ。品詞という物を理解してもらうわ!」
「物の名前が名詞、動作が動詞っていう所までは覚えました!」
「それじゃあ形容詞と副詞について教えるわよ!」
「はい、お願いします!」
ユリは小学生でも理解できるような易しい言葉を使って古典の解説をしている。それをチカは一生懸命頷きながら聞いていた。
「政令指定都市、自然淘汰、多目的トイレ不倫……あっ、『ん』がついちゃったよん!」
レイナはしょんぼりと下を向いた。
「ユリ〜、一人しりとり終わっちゃった」
「じゃあ次は一人じゃんけんでもしたらどう?」
「わかったよん! じゃんけんポイ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ……」
レイナは自分の右手と左手でじゃんけんを始めた。ずっとあいこで、なかなか勝敗がつかないようだ。
「どう? だいたい分かったかしら?」
「形容詞が名詞、副詞が動詞を修飾するって事ですか?」
「そうよ! やればできるじゃない!」
「ありがとうございます、ユリちゃん! ダメダメな私に勉強を教えてくれて、とっても感謝してます!」
「勘違いしないでよね! 私は勉強ができない人を見るのが許せないだけで、別にチカのためじゃないんだから!」
それでもチカに感謝された事が嬉しかったのか、ユリの顔には微かな笑顔が浮かんでいた。
「そろそろ次の授業ですよね。行きましょうか」
「次の授業って確か……」
「体育ですね」
「嫌よ……そもそもスプセミって勉強のための行事でしょ? どうして体育なんてしないといけないの?」
「ユリちゃんが勉強につきあってくれたように、今度は私がユリちゃんにつきあってあげますよ!」
チカはユリの両手を自分の両手で優しく包みこんだ。
「チカ……」
ユリはうっとりとした瞳でチカを見つめる。
そんな中、レイナは未だに一人じゃんけんを続けていた。
「じゃんけんポイ! 右手の勝ちぃ!」
ちなみにここまでの戦績は五勝五敗だ。
「レイナちゃん、そろそろ出発しますよ〜」
「ほ〜い!」
「リョウコ起きて! 授業に遅刻するわよ!」
「う〜ん、よく寝た〜!」
四人は部屋の外に出ると、体育の授業会場へ向けて歩き始めた。
長野県を象徴する大きな湖、諏訪湖の前に生徒達は集められた。
体育教師は手の形をメガホンのようにして口に当てると、大声で話し始めた。
「まずはウォーミングアップだぁ! まずはランニングを一キロ! そしてその後は馬跳び、片足ケンケン、手押し車など色々なトレーニングをやるぞ!」
「ひぃぃ! 人生終わったわ…」
トレーニングメニューの内容を聞いただけでユリは震えあがり、顔は青ざめた。
きついウォーミングアップをどうにか乗り越え十分間の休憩をした後、体育教師は生徒達全員に集合をかけた。
「お前達は出会ったばかりでお互いの事を良く知らない状態だろう。今からお前達の団結力を高めるために、とある競技をやってもらうぞ!」
体育教師は右手に長い紐のような物を持ち、空に掲げた。
「その競技とは、大縄だぁ! 全員で息を合わせないと跳べないから、チームワークが大切になって来るぞぉ! それでは練習始め!」
それぞれクラスごとに別れて大縄の練習時間が始まった。
「ユリちゃん、私と隣同士で跳びましょう」
「いいわよ!」
「良かったらユリちゃんが内側で跳びませんか?」
二列に並んで大縄をする場合、外側よりも内側で跳ぶ方が簡単なのだ。
「気遣いありがとう。是非そうさせてもらうわね!」
全員が整列すると縄が回り始めた。回し手は運動神経の高いレイナとリョウコがやっているようだ。
「いち! に!」
縄を跳ぶ度にクラスメート全員で回数を声に出してカウントした。
しかし、三回目がカウントされる事なく縄が止まってしまった。誰かが引っかかってしまったようだ。
「もう一回いくよん! せ〜の!」
レイナが合図すると再び縄が回転し始めた。
今度は一回も跳べる事なく縄が止まった。
それから何回かチャレンジするも、三回以上跳べないような状態が続いた。
すると突然、ユリが目から大量の涙をこぼしながら地面にうずくまった。
「皆、ごめんなさい。さっきからずっと引っかかってるのは私なの。皆の足手まといになって本当にごめんなさい」
ユリ泣き出したため、クラス中に気まずい空気が流れ出していた。
「ユリちゃん落ち込まないでください。ユリちゃんだってやればできる子です! ちゃんと縄を見ていればきっと跳べますよ」
チカがユリの背中を撫でながら優しく語りかける。
「縄が怖くてどうしても目をつぶっちゃうの……」
「大丈夫、怖くないように私が手を握っていてあげますから」
「チカ……ありがとう、私頑張るわ!」
ユリは元気を取り戻し立ち上がると、再び大縄の練習を始めた。
「しっかり握っててくださいね!」
ユリはチカに差し出された手を握りながら縄を跳んだ。
「いち! に! さん! し! ご!」
「チカ! 跳べてる、私跳べてるわ!」
「やりましたね! ユリちゃん!」
そして練習時間が終わり、いよいよ本番の時間がやって来た。
「A組からC組のクラス対抗で、一番跳び続けられたクラスが優勝だ! よーい、スタート!」
体育教師が合図すると三クラスいっせいに縄の回転が始まった。
「ユリちゃん、さっきと同じ感覚ですよ!」
「頑張るわ!」
「いち! に! さん! し! ご!」
A組はひっかかる事なく連続で跳び続けられていた。
「おっとここでC組が脱落だぁ!」
C組が早々に脱落すると、A組とB組の一騎打ちになった。
「ハァハァハァハァ……」
「ユリちゃん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ。まだ頑張れるわ!」
その直後、生徒の内の一人がこけた事でB組が脱落した。
「A組の優勝だぁ! おめでとう! B組とC組も負けてしまったが、良く頑張ったな!」
「ユリちゃん、勝ちましたよ!」
「やったわ! 私やり遂げたわ!」
ユリは再び目から涙をこぼしていた。しかし今回は悲しみではなく喜びから来る涙であった。
「チカ、ありがとう。あなたのお陰で私、成長できたわ」
「ユリちゃんが私の力になってくれたように、私もユリちゃんの力になれて嬉しいです!」
二人はお互いの体を強く抱きしめた。
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