第27話 スプリングセミナー編二日目③

 朝食時間が終わるとすぐに午前の授業時間が始まった。

 A〜C組はAホール、D,E組はBホールに集められている。


「皆さん、こんにちは~。A組以外は始めましてですね! 今年度、国語の授業を担当します織田友美です。よろしくね〜」


 軽く挨拶を済ますと、織田は早速授業を始めた。


「今回は古典の授業をやります。教科書の四ページを開いてください!」


「あっ!?」


 チカは突然、驚いたような声を上げた。


「チカ、どうしたの?」


「国語の教科書、現代文しか持ってきてないです。やらかしました……」


「もう、仕方ないわねぇ。私のを一緒に使いましょ」


「ありがとうございます!」


 ユリはチカにも見えやすいよう、二人の真ん中あたりに教科書を置いた。


「あ、私も忘れちゃったよん!」


「レイナまで!? いったいどれだけだらしないのよ」


「レイナには僕が見せてあげるよ」


「ありがとう!」


 レイナもリョウコに教科書を見せてもらう事になり、忘れ物問題は解決された。


「竹取物語をやります。まずは皆さん、音読してみましょう! それでは起立してください」


 生徒達は立ち上がり、椅子を机の中に入れた。

 百人以上の生徒達がいっせいに立ち上がったため、椅子を動かすガシャンガシャンという大きな音がホールの中に響き渡った。


「今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。それでは皆さん繰り返してください!」


 織田の後に続いて生徒達がいっせいに音読をした。生徒達の声がホール中に何回も反響した。どうやら声が響きやすい作りのホールのようだ。


 それから、竹取物語の冒頭部分を全て音読した。


「ここまでが冒頭部分になります。今回の授業ではこの冒頭部分を完璧にしてもらいますよ〜!」


 竹取の翁が光る竹の中からかぐや姫を見つける部分までの、古典の基本的な内容だ。


「まずは最初の『今は昔、竹取の翁といふものありけり』という部分についてです。せっかくですので誰か当ててみましょう。それじゃあ、明智さん!」


「は、はい!」


 突然当てられたチカは慌てつつも、返事をして立ち上がった。


「この文章を現代語に訳してください! そんなに難しくないと思いますよ〜」


(今は昔……どういう事でしょうか? 今なのに昔、つまり今=昔。今と昔は全く同じ、昔があるからこそ今がある。哲学的な文章なのでしょうか?)


 チカは文章の意味を頑張って理解しようとするも、考えれば考えるほど彼女の思考はどんどんと正解から遠ざかっていく。


「今は昔は、昔々ある所にって意味よ」


 見かねたユリが、チカの耳元で小声で囁いた。


「昔々ある所に、竹取の翁という人がいました」


「はい、よくできました〜!」


 ユリからヒントをもらいチカは無事に正解する事ができた。


「ユリちゃん、ありがとうございました」


「こんな基本的なところでつまずくなんて……あなたにはこれをあげるわ」


 ユリはクリアファイルの中から一枚のプリントを取り出し、チカに渡した。


「これは何ですか?」


「助動詞活用表よ。古典はこれさえ抑えとけばどうにかなるから」


「ありがとうございます! でもこの表の意味が理解できなのですが……」


「はぁ〜、今度ゆっくり解説してあげるわよ……」


 ユリは大きな溜め息をつきながら言った。


「それでは次は『野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり』という部分を訳してみましょう。丹羽さんお願いします!」


「え〜っと……野山に分け入っては竹を取って、色々な事に使っていました、かな?」


「正解です! よくできました〜」


 織田はパチパチと拍手してレイナを褒め称えた。


「レイナちゃん、古典できるんですか!? 私と同類だと思ってたのに……」


「あなた実はレイナが自分より馬鹿だと思ってたわね?」


「べ、別にそういう訳じゃないのですが……」


 チカはレイナが難なく答えられた事に露骨に落ち込んでいる。


「それでは次の文、行きますよ〜」


 それから織田は竹取物語の冒頭部分の文章を一つ一つ解説していった。


「だいたいこの物語の概要は分かってもらえたと思います。ここからは文の構造という物を覚えてききましょう〜。まずは品詞分解をしていきましょうかね。明智さん、お願いできますか〜?」


「どうして私ばっかり当てられるのでしょうか……」


「チカのキャラが濃すぎて顔覚えられたからでしょ。ほら、早く立ちなさい!」


 ユリに促され、チカはどんよりした気持ちのままま立ち上がった。


「まず、この文章の主語と動詞を答えてください」


「しゅご……? どうし……?」


「えっ、そこからですか!?」


 今まで数々の生徒に勉強を教えてきた織田だったが、流石に主語と動詞がわからない生徒に出会うのは始めてだったので、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。


(どんなに成績の悪い子でも見捨てずに、ちゃんと教えてあげるのが私のモットー。明智さんにも理解できるように頑張らないと!)


 織田は主語と動詞について、チカにもわかりやすいように噛み砕いて説明した。

 中学生レベルの内容をチカは頭をフル稼働させてどうにか理解したようだ。

 

「つまり主語が『竹取の翁』で、動詞が『あり』ですか?」


「正解です! 理解してくれて良かったわぁ〜」


 織田は目から小粒の涙を流しながらチカの頭を撫でた。チカが主語と動詞の概念を高校生にしてようやく理解できたのが、よほど嬉しかったようだ。


「えへへ、ありがとうございます!」


 三クラスの多くの生徒達の前で学力が低い事を晒してしまったチカだが、そんな事は気にせず織田に褒められた事を素直に喜んだ。

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