第23話 スプリングセミナー編一日目⑯

 四人は部屋で就寝のための準備をしている。


「歯磨きも終わった事だし、僕達は布団を敷こうか」


「そうね」


「あ、もうすぐあれが始まる時間だよん!」


 レイナはテーブルに置いてあるリモコンを取るとテレビの電源を入れた。


「何かみたい番組でもあるんですか?」


「今日は鬼殺の剣の放送日だよん! 私の毎週の楽しみなんだ〜」


 鬼殺の剣とは剣士達が鬼と戦うアニメで、劇場版は興行収入歴代一位を獲得する程の大人気作品だ。


「鬼殺の剣か、いいね〜! 僕も結構好きなんだよね!」


「せっかくですし、皆で見てみませんか?」


「まあ消灯時間まではまだ時間あるし、良いんじゃないかしら」


「それじゃあ決まりだね! あ、主題歌が始まったよん!」


 主題歌が始まると四人はテレビ画面をじっと見つめた。


「やっぱり何度聞いても良い主題歌だなぁ。この燃え上がる炎のような歌詞が僕のハートに突き刺さるんだ!」


「これは間違いなく今年の紅白歌合戦に参加しますね!」


「そろそろアニメ本編が始まるわよ!」


 テレビ画面の中では主人公の剣士が列車で鬼と激闘を繰り広げている。

 呼吸を使って鬼に斬りかかる直前でCMが始まった。


「こういうバトル物のアニメもたまには良いですね!」


「そう? 私はあんまり野蛮なのは好きじゃないわ」


「まったくユリはわかってないなぁ。勝つか負けるかギリギリの状況での熱い戦いが良いんじゃないか! 鬼に大切な家族を殺された主人公の覚悟が……」


 リョウコがアニメへの熱い思いを語っているうちにCMが終わった。


 主人公の少年の攻撃技が鬼にいとも簡単に防がれてしまった。

 それでも諦めずに何度も攻撃を繰り返すも鬼には全く効いていないようだ。

 鬼が放った渾身のパンチをもろに受けてしまった主人公は地面に倒れ込んで、立ち上がることもできないでいた。


「こ、このままじゃ負けちゃうよん……」


「大丈夫です、きっと勝てます! 鬼殺組の力を信じましょう!」


 普段バトルアニメをあまり見ないチカも、作品の世界観に引き込まれていた。


 大ピンチの主人公の前に、彼の上官が現れた。

 

「来たぁ! 炎獄さんだよん!」


 炎獄という名の上官は主人公を庇うように鬼の前に立ちはだかると、炎のついた刀で斬りかかった。

 炎獄と鬼はお互いの技をぶつけあい、互角な戦いを繰り広げていた。


「炎獄さん、頑張るのよ! もうすぐ勝てるわ!」


 バトルアニメは嫌いだと言っていたユリも、いつの間にかアニメに熱中していた。

 

 炎獄と鬼はしばらく互角に戦い続けていたが、炎獄が徐々に押され始めた。人間には体力に限界があるのに対し、鬼の体力は無限なのだ。

 そして遂に炎獄は敗れて死んでしまい、そこで今週分のアニメが終了した。


「うわ〜ん、炎獄さ〜ん!」


 ユリは目から大粒の涙をこぼして泣いていた。


「ユリが大号泣してるよん! さっき、バトルアニメ嫌いって言ってなかったかい?」


「私はアニメが好きなんじゃなくて、炎獄さんというキャラを気に入ったのよ! なのに死んじゃうなんて……」


「つまり推しロス状態って訳だね。私もその気持ちよくわかるよん! このアニメ、登場人物がとにかく死にまくるからね」


「とっても面白いアニメでしたね! 早く続きが見てみたいです!」


「僕の家に原作が全巻揃ってるけど今度来るかい?」


「良いんですか!? 行きます、行きます!」


 それからしばらく、四人はアニメの感想について語り合った。







「まだ就寝まで少し時間が残ってますね。何かしましょうか?」


「ウノだ! 僕はウノがやりたい!」


「ウノはバスの中で何回もやったじゃない。どうせリョウコが負けるのは目に見えてるわ」


「僕が勝つまでやり続けるから問題無い!」


「大問題よ! 一生寝られないじゃない!」


「じゃあ筋トレ大会にする?」


「却下よ!」


 三十分程ある就寝までの自由時間の過ごし方について話し合うもののなかなか良い案が出ない。

 すると突然、レイナが自分のスーツケースの中身を漁り始めた。


「レイナちゃん、何をしているのですか?」


「良い物を持ってきたんだよん! あった、これこれ!」


 レイナはスーツケースの中からアルミ缶を取り出した。


「レイナ、それってもしかして…」


 ユリは体をぷるぷると震わせながら声を絞り出した。


「じゃじゃーん! 夕日スーパードライ!」


 レイナは得意気に酒の入った缶を高く掲げた。


「やっぱりお泊まりといったら飲酒だよん!」


「高校生が飲酒なんて駄目よ! 成長の妨げになるのよ!」


 堂々と法律を破ろうとするレイナをユリは全力で止めようとする。


「まあまあそんなに怒んなくていいじゃん。僕もちょっと飲んでみたいし」


「はぁ!? リョウコまで何言ってるの! チカ、あなたは私の味方になってくれるわよね?」


「私もちょっと飲んでみたい気がします……」


「嘘でしょ!? チカはおバカだけど心は綺麗な子だと思ってたのに!」


 信じていたチカにまで裏切られ、ユリの顔は絶望の色に染まっていた。


「じゃあここはウノで決着をつけよう!」


 どうしてもウノをやりたいリョウコがここぞとばかりに提案をした。


「四人でウノの対決をして、優勝した人の意見を採用するんだ!」


「明らかに私に不利な条件だけど受けて立つわ。皆を不良の道から連れ戻すために必ず勝つ!」


 四人でウノ対決をした結果、リョウコが速攻で上がって優勝した。


「どうして普段は雑魚なのに今回だけこんなに強いのよ!」


「やった〜! 僕は勝ったぞ〜! イェーイ!」


 リョウコはようやくウノで勝てた事と、飲酒が認められた事の喜びでダンスを踊り始めた。


「ユリ、約束通りお酒を飲むよん」


「はぁ……どうなっても知らないからね……」


 ユリは心底呆れて特大の溜め息をついた。

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