第19話 スプリングセミナー編一日目⑫

「ねぇねぇ、あれ入ってみようよん!」


「高濃度炭酸泉ですか。良いですね!」


 高濃度炭酸泉とは炭酸ガスが溶け込んだ風呂の事で、お湯の中ではソーダの様に小さな泡が発生している。

 炭酸ガスが皮膚から体内に入り込むと、毛細血管を開いて血液の流れが良くなるといわれている。近年では医療機関にも導入され、肩こり、筋肉痛、冷え性の改善が期待されているほか、高血圧や心疾患の対策にも用いられている。


「はぁ〜、気持ちいいわぁ……このシュワシュワの泡が最高ね……」


 ユリはお湯に浸かると艶っぽい声で呟いた。


「このシュワシュワのお湯、飲んだらソーダみたいな味がするかも!」


 レイナはお湯の中に潜ると口を開けてお湯を飲んだ。


「超まずい……」


「当たり前でしょ! 後、お湯に顔をつけるのはやめなさい。マナー違反よ!」


 ユリが言うように、お湯に顔をつけるのは当然マナー違反である。そして不特定多数の人が入る大浴場のお湯を飲むという行為は感染症にかかる恐れがあるので絶対にやってはいけない事だ。


 高濃度炭酸泉を堪能した四人が次に入ったのはシルクの湯だ。


「見てください! このお風呂、牛乳みたいに真っ白ですよ!」


 白濁して見える温泉は、硫黄泉中に含まれる硫化水素が酸化する過程で生成された硫黄化合物が要因となっていると考えられている。細かい硫黄化合物の粒子が温泉水中を浮遊しているため白濁して見えるのだ。


「白い温泉なのに手ですくいあげると透明になるよ! なんか面白い!」


 リョウコは温泉の面白い特徴を発見して興奮している。


「本当ですね! 何だか不思議ですね」


「白いって事は牛乳みたいに甘くて美味しいのかもしれない!」


 レイナは白いお湯の中に潜ると性懲りも無く口を開けてお湯を飲んだ。


「うげぇ、全然美味しくない……」


「やめなさい、レイナ! あなた死ぬ事になるわよ!」


 ユリはレイナを大声で叱りつけた。

 温泉を飲む行為は冗談抜きで死ぬので絶対にやめた方が良い。


 四人はシルクの湯から出ると次の浴槽を目指した。


「次はあれに入ったみませんか?」


「面白そうね、行ってみましょう!」


 チカが指さしたのは季節の変わり湯だ。毎月浴槽の中身が変わる風呂で、今月はコーヒーが溶け込んだコーヒー風呂だ。


 コーヒー風呂は香りが良いだけでなく、疲労回復効果、生活習慣病の予防効果、脂肪燃焼効果、美肌効果など身体に良い様々な効果がある。


「あぁ素晴らしい、僕の大好きなコーヒーの香りだ…いつまでもこうしてここに浸っていたい気分だ……」


 リョウコは目を閉じて、しみじみと呟いた。


「良い匂いですね! 私もコーヒー好きなのでとっても嬉しいです!」


「コーヒー風呂、これは間違いなくコーヒーの味がするはず!」


 レイナが潜ろうとすると、顔が水面につく直前で後ろから強い力で髪の毛を引っ張られた。


「もうレイナの行動パターンは読めたわ。浴槽のお湯を飲んじゃ駄目って何回も注意してるでしょ! 良い加減にしなさい!」


「ごめんなさい、もうしないよん……」


 ユリに何度も叱られてレイナは遂に反省したようだ。


 コーヒー風呂の次に四人が目指したのがジェットバスだ。

 勢いよく噴射するお湯が腰、肩、足など体中の凝りやすい場所をマッサージしてくれる。


「きゃぁー! 痛い! 痛いわぁ!」


 ユリはあまりの痛みに跳び上がり、浴槽の外へと逃げ出した。


「僕は気持ちいいと思うけどなぁ。日頃から酷使してきた筋肉にとっても効くよ!」


「確かに始めは痛いですが、慣れてくるとだんだんと気持ちよくなってきますね!」


「そんなに気持ちいいならもう一回だけ試してみようかしら……」


 ユリは恐る恐るジェットバスに入り、ゆっくりと腰を下ろした。


「やっぱり駄目! 全然、気持よくないわ!」


 ユリは大きく跳び上がると再び浴槽の外へと逃げていった。


「皆〜! こっちのお風呂も結構良いよん!」


 レイナはジェットバスの隣の浴槽に浸かりながら他の三人を手招きして呼んだ。


「おお、電気風呂か! 筋肉痛や関節痛に効くっていうよね。僕も入ってみよ!」


 電気風呂とは、浴槽の湯に身体に害が無い程度の電流を流す風呂の事をさす。

 

 電気風呂には、電極板から流れる電流の作用により筋肉を収縮させ、血行を良くする効果があるといわれている。

 また、お湯の温熱効果との相乗効果により血流を促進することで、体のコリや筋肉痛、腰痛などを改善してくれるほか、関節痛や神経痛を和らげてくれる効果が期待できるとされている。

 

 レイナに誘われて、チカとリョウコは電気風呂に入った。


「おお、このビリビリする感覚が筋肉をほぐしてくれる感じがする! 日頃の疲れがふっ飛んでいくなぁ……」


「本当ですね! とっても気持ちいいです!」


「電気風呂……物凄く嫌な予感がするわ……」


 他の三人が電気風呂を楽しむ中、ユリだけは入る事を躊躇っていた。


「ほらほら、ユリも入って!」


「え、ちょっと!?」

 

 レイナはユリの手を掴み、浴槽の中へと連れ込んだ。


「ほら、ここに座ってみて! 電気が流れて気持ちいいよん!」


 ユリはレイナに半ば強引に座らされた。


「あああぁぁ……死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……」


「大変です! ユリちゃんが白目を剥いて口からよだれを垂らしてます!」


「今助けるよ、ユリ!」


 リョウコがユリをお姫様抱っこして電気風呂から救出した。


「はぁはぁ……川の向こう側で死んだお婆ちゃんが手を振ってたわ……」


「ユリ、もう大丈夫そう?」


「ええ、リョウコのお陰で助かったわ。ありがとう」


 ユリの安全を確認するとリョウコはユリを地面に降ろした。


「内風呂は全部入りましたね! 外風呂に行く前にサウナに入ってみませんか? サウナに入った事無いので、ちょっと体験してみたくて」


「僕サウナ大好きなんだ! 行こう行こう!」


 四人の次の行き先はサウナに決定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る