第17話 スプリングセミナー編一日目⑩

 四人は夕食会場にたどり着いてA組の席を見つけると、チカとレイナが並んで座りその向かいにユリとリョウコが並んで座った。


 机の上にはこの日の夕食が用意されていた。

 夕食は米、味噌汁、豆腐、漬物、刺身、天ぷらなど和食を中心としたメニューで構成されている。


「皆さんそろいましたね〜! それでは夕食の時間にしましょう。せ〜の、いただきます!」


「いただきます!」


 皆で同時にいただきますをすると生徒達は箸をつかみ、食事を始めた。


「うっひょ〜久しぶりのお刺身だぁ!」


 水族館のマグロを見て刺身を連想する程の刺身好きのレイナは、およそ一年ぶりの刺身を前に目をキラキラさせる。


「口にいれた瞬間に広がる海の香り、噛むと感じるほのかな甘み、これは間違いなく本物の高級マグロ……醬油を絡めて食べると私の口の中で美しいハーモニーを奏で始めた……」


「どうしてレイナは食事の時だけ語彙力がパワーアップするのよ!」


 普段は小学生レベルの事しか言わないレイナが、謎の食レポを始めたのでユリは思わずツッコミをいれてしまった。


「確かにこのお刺身はすごく美味しいです! レイナちゃんの食レポを聞いてから食べると、よりいっそう美味しく感じますよ!」


「僕はこのエビの天ぷらが一番好きだな! サクサクの衣の中にあるプリプリとしたエビの食感が最高だよ! エビもヒョロヒョロの安物じゃなくて高級品の太いやつだから食べごたえがあるね!」


 リョウコはサクっと音を立てながら、満足気にエビの天ぷらを頬張っていた。


「天ぷらも美味しそうですね! 私も食べてみましょう。天つゆをつけて……」


「ちょっと待てーい!」


 チカがエビの天ぷらを天つゆにつけようとすると、リョウコが鬼のような形相で天つゆの入った皿を奪いとった。


「ど、どうしたんですか!?」


「チカはおバカなのかな!? こんな高級で美味しい天ぷらに天つゆをつけるなんて邪道な事よくできるね!」


「え、天ぷらは天つゆにつけて食べる物ではないのですか?」


「まったく、これだから素人は困るよ! 良いかい? 天つゆをつけるとまずせっかくのサクサクの衣が湿ってシナシナになっちゃうでしょ。そして天つゆは味が濃いから天ぷら本来の味をかきけしてしまうんだよ。だから素材の味を楽しむためには塩を使うんだよ。ほら、チカも塩をつけて食べてみて!」


 リョウコは天ぷらへの熱い思いを語り終えると、机の真ん中に置いてある塩をチカに渡した。

 チカは塩を小皿に出すと天ぷらをつけて、そのまま口に運んだ。


「うん、美味しいです! 今まで天つゆで食べていましたが、塩で食べるのも良いものですね」


「でしょ、でしょ!」


 リョウコは自分の好みをチカと共有できたので上機嫌になった。


「そう? 私は天つゆで食べる方が好きだけどな〜。私は味の濃い物が大好きなのさ!」


 レイナは天ぷらを天つゆにじゃぶじゃぶとつけてから口へ運んだ。


「貴様、何て事を……この世から抹消してくれるわー!!」


 リョウコは勢いよく席から立ち上がり、その時の衝撃で座っていた椅子がバタンと音を立てて倒れた。

 そしてレイナの前に歩いて行くと彼女の両肩を物凄い腕力で掴む。


「さあ今から君がした事の罪の重さをわからせてあげよう」


「ひぃー、やめてやめて! リョウコ、連続殺人鬼みたいな顔になってる! 怖い、怖すぎるよん!」


「こら、あなた達! 食事時間中に暴れないでください! まだ指導が足りてないようですね!」


 騒ぎを聞きつけてやって来た武田にレイナとリョウコは首根っこを掴まれた。

 そしてそのままどこかへと引きずられていった。


「行っちゃいましたね……」


「リョウコは昔から自分の好きな物にまっすぐでねぇ……とっても良い事なのだけど、さっきみたいに暴走する事がたまにあるから困るのよ。まあたっぷりお説教されてくるといいわ。私達は食事を続けましょ」


 うるさい二人がいなくなり、チカとユリは静かに食事を楽しんでいた。


「そういえばユリちゃんは天ぷらには天つゆと塩、どっちをつけるんですか?」


「アナゴやかき揚げみたいな味の濃い物には天つゆを、キスやエビみたいな味の薄いものには塩をつけて食べるわ。」


「物によって使い分けてるんですね」


「リョウコと一緒の時は全部塩で食べてるけどね。天つゆ使うとさっきみたいに発狂しちゃうから」


 そんな会話をしているうちにリョウコとレイナが席に戻ってきた。

 二人のやつれている表情を見る限り、どうやらこっぴどく叱られてきたようだ。


「レイナごめんね、つい暴走しちゃって……」


「別にどこも怪我してないし、全然大丈夫だよん!」


 レイナは明るく笑ってリョウコを許してあげた。


「熱くなると止まらなくなっちゃうんだ。でも、自分の好みを人に押しつけるのって良くない事だよね……」


「そうよリョウコ! これから改善していきましょ!」


「それぞれが好みに合わせて天ぷらを食べるのが良いですよね!」


「うん、そうだね! 僕も考え方を改めるよ!」


 それから四人は食事を再開し、しばらくすると夕食を完食した。


「皆さん、食べ終わりましたか〜? せ〜の、ごちそうさまでした!」


「ごちそうさまでした!」


 全員でいっせいにごちそうさまをして、夕食の時間は終了した。

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