第16話 スプリングセミナー編一日目⑨

 ホテルの大きなホールにA組〜C組のおよそ百二十人の生徒達がぎっしり敷き詰められており、いっせいに勉強をしている。まさに三密で、感染症でも流行ろうものなら一発アウトの状態だ。

 ちなみにD組とE組の生徒は別のホールで勉強をしている。

 

 この日のスケジュールはまず二時間勉強をして、ニ十分休憩、そしてまた二時間勉強をしてからの夕食だ。

 今は前半戦の国語の授業が既に終了し、後半戦の日本史の授業を行っている。時計を見ると授業時間はあとわずかなようだ。


「良いですか? 縄文土器というのはですね明治一〇年、大森貝塚を発掘したE=S=モースが、その土器をCord marked pottery と呼んだのが起源です。焼成温度が低いため、黒褐色や赤褐色を呈します。最古のものは紀元前一万年を超えるといわれ、前三世紀に彌生土器が生まれたことにより急速に消滅しました。」


(駄目です。つまらな過ぎて寝てしまいそうです。カフェイン効果及ばすですか……)


 日本史の教師は高齢の男性で、眠くなるトーンのしゃがれた声とつまらない授業内容の二重苦のせいでチカは睡魔に襲われていた。


「ぐごーー! ぐごーー!」


 チカの左隣の席からは大きないびきが聞こえた。

 

 授業を受ける座席は自由席で、左からレイナ、チカ、ユリ、リョウコの順で座っている。


 ホールに響き渡るほど大きな音なのにも関わらず、教師は何故かスルーして授業を進めている。高齢だから耳が悪いのだろう。


(レイナちゃんも思い切り寝てますし私も寝てしまいましょうか……)


「駄目よ、チカ。ここで居眠りしたらあなたの将来のためにならないわ!」


 チカが眠りの世界へ一歩足を踏み入れたところで、ユリに肩を叩かれて現実に引き戻された。

 優等生気質のユリは勉強にかなりの熱を注いでおり、チカが眠ることを見過ごせなかったようだ。


「レイナちゃんだって寝てるじゃないですか」


「あの子はもう手遅れよ。だけどあなたならまだ引き返せるわ。一緒にまともな人生を歩みましょう!」

 

 ユリはさらっとレイナに毒を吐きながらチカを激励した。


「縄文土器は日本列島のほぼ全域に分布しますが、一時的に北は南千島、南は沖縄本島に達しています。地方ごと、時期ごとに形態や文様をはじめ、製作法などの流儀作法全般にわたる独特な特色を示す様式があり、縄文時代全体を通じて約七十様式の消長が知られています。継続期間の長い長命型、短期で終わる短命型、また広範に分布する広域型、狭い範囲に限定される局地型など多様で……」


「どうして縄文土器の解説にここまで時間をかけるんですか。私もう限界、このまま気絶するかもしれません……」


「きっと、それだけ縄文土器が大切な物だってことよ! あと少しで終わるから頑張って!」


 チカは閉じかけていた目を無理矢理こじ開け、どうにか眠らずに授業を受け続けた。


「はい、それでは授業を終わります。復習をしっかりしておくように」


 授業が終了して教師がホールから退室すると、生徒達のガヤガヤとした話し声がホール中に溢れかえる。

 四時間に渡る勉強時間が終了して解放感を得たことで、生徒達はどこかいきいきしているように感じられる。


「やっと、終わりましたー!」


 チカは大きく伸びをすると、大声で叫んで喜びを表現した。


「よくやったわ、チカ! あなたはやればできる子ね!」


「ユリちゃんが励ましてくれたおかげです、ありがとうございます!」


「べっ、別にチカのためじゃないわよ。私の前で眠ろうとしている人がいるのが許せなかっただけよ!」


 ユリはいつも通りのツンデレ振りを発揮していた。


「ん〜、おはよう! もう授業終わった?」


 チカとユリの話し声を聞いてレイナは目を覚ました。


「レイナちゃんおはようございます。もし良かったら私のノートを写しますか? ずっと寝ていたので板書できていないのではありませんか?」


「本当? ありがとう!」


 チカがレイナにノートを渡そうとすると、突然それを横からユリに奪われた。


「甘やかしちゃ駄目よ、チカ! チカがそうやって甘やかすとレイナがこれからも平気で居眠りするようになるわよ。少しは自分で努力する事を覚えさせないと!」


 ユリは自分で努力もせずに人のノートを写すだけの人間を許せないようだ。


「今回だけ、今回だけだから! 次回からは必ず自分でノートとるからさぁ!」


 レイナはキラキラとした瞳でユリを見つめて懇願した。


「まったく、仕方ないわね〜。本当に今回だけよ?」


 ユリは渋々とレイナにチカのノートを渡した。

 本気でお願いされると断れないあたり、ユリにも多少甘いところがあるようだ。


 レイナは目にも留まらぬスピードでノートを写し終えた。


「もうすぐ夕食の時間だね! 僕はもうお腹ペコペコだよ!」


 夕食は授業が終わってから二十分後ということになっている。


「リョウコは少しでも勉強するとすぐにお腹減っちゃうんだから!」


「僕はユリみたいに頭が良くないから、少し頭を使うだけで莫大なエネルギーを消費するんだよ!」


「リョウコちゃんは運動が得意で勉強が苦手、ユリちゃんは勉強が得意で運動が苦手、二人は真逆の性格なのに本当に仲が良いんですね!」


 二人の様子を見て、チカはクスクスと笑いながら言った。


「僕とユリは確かに性格は真逆だけど、何故かすごく気が合うんだ。かわいいし、優しいし僕の一番の親友さ!」


「恥ずかしいからやめなさいよ、おバカ! 私もリョウコの事は一番の親友だと思ってるけど……」


「ツンデレなところも昔から変わらないな〜」


「二人の昔の話も今度ゆっくり聞いてみたいです!」


「うん、いいよ! そろそろ夕食の時間だね。さあ、行こうか!」


 四人は食事会場を目指して歩き出した。

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