第15話 スプリングセミナー編一日目⑧

 武田の後に続いて四人は階段を上り二階についた。そしてそれからしばらく歩くと一面に畳が敷き詰められた大部屋にたどりついた。


「ここが実行本部です。入りなさい」


 靴を脱いで中に入るとそこには少人数の教師しかいなかった。既に授業時間になっているため、教師達はほとんど出払っているのだ。


「そこに座りなさい」


 武田に促され四人は用意された座布団に座った。


「それでは生徒指導を始めます」


 武田の怖くて長いお説教が始まった。


「あなた達にはここに勉強をしにきたという自覚が足りません。公共の場で走ってはいけないという最低限のマナーも守れないようじゃ将来が思いやられます。特に丹羽さんは私にいつもタメ口だし……」


 武田はマシンガンのように休む間もなく常に喋り続けている。


「あの、私とチカは走ってないんですが……」


「今、私が喋ってるんです! 人の話は最後まで聞きなさい!」


 完全なとばっちりで怒られていたユリが弁解しようとするも武田は聞く耳を持たない。

 

「とにかく、人に迷惑をかけてはいけません。そして勉強に集中しなさい。わかりましたね? ところで滝川さん、あなたさっき何か言おうとしてましたね。今なら聞きますよ」


 十分程、息継ぎもほとんどせずに怒り続けてお説教がようやく一段落したようだ。


「館内を走っていたのは競走したいたリョウコとレイナだけで、私とチカはちゃんと歩いていました!」


「それは本当ですか!?」


 武田の問いに四人ともシンクロした動きでコクコク頷く。


「明智さん、滝川さん、本当にすみません! 私ったら人の話をろくに聞かず、罪の無い生徒を怒ってしまいました……本当に申し訳ありませんでした!」


 顔を真っ赤にして怒っていた武田は一転、顔を真っ青にしてチカとユリに頭を下げた。


「先生、顔を上げてください! リョウコとレイナを止められなかった私達にも責任があります!」


「滝川さん、なんて良い生徒なんでしょう……お二人は勉強に戻っていてください。高校生の貴重な勉強時間を奪ってしまい本当にすみません」


 容疑が晴れたチカとユリは生徒指導から解放され、実行本部を後にするとAホールに向けて歩きだした。


「全く、武田っちはドジだな〜」


「調子に乗らないでください! あなた達のお説教はまだ終わっていませんよ!」


 笑っていたレイナを武田は蛇のように恐ろしい目つきで睨みつける。


「だいたいあなた達は普段の生活からしてだらしないんです。特に丹羽さん、あなたの生活態度は酷すぎます! この前なんか生徒指導中に私にいきなりキスをしてきましたよね。ファーストキスは愛する人に捧げると決めていたのにあなたは何て事をしてくれたんですか! 責任とってくれるんですか!? あ、でも頬はセーフですかね……唇じゃないからファーストキスにはカウントしませんよね……いや、そんなことは今はどうでも良いんです! あなた達はもう義務教育じゃないのですから、高校生としての自覚を……」 


 レイナに笑われた事が癇に障ったのか武田はヒートアップして、先程よりも激しいお説教が始まった。あまりにもヒートアップしすぎたのか途中、話が脱線することがあった。


「当たり前の事を当たり前にやる、これだけで良いんです! 分かりましたか? それでは最後にあなた達には反省文を書いてもらいます!」


 十分程でお説教が終わり、武田は原稿用紙をレイナとリョウコに渡した。


「書けたら私に見せてください。そしたら生徒指導は終わりです」


 レイナとリョウコはシャーペンを持ち、原稿用紙に反省文を書き始めた。

 二人とも早く解放されたいからか絶え間無くペンを動かし続ける。


「先生、書けました!」


「そうですか。それでは見せてください」


 五分程で反省文を書き終えたリョウコは武田に原稿用紙を渡した。

 そこには自分が走ってしまった事への謝罪、これからはルールを守る事、人に迷惑をかけないよう生活態度を改める事など反省文としての模範解答のような事が書かれていた。


「まあ良いでしょう。これからはもうこのような事が無いように。それでは勉強に戻って結構です」


 リョウコは解放されると、大部屋を退室してAホールへと歩いていった。


「武田っち、私のも見て見て〜!」


 レイナは完成した反省文を得意気に武田に渡した。


「ん〜と、なになに……」


 武田は小さな声でレイナの文章を音読し始めた。


「武田っちへ。ホテルを走って人に迷惑をかけてごめんなさい。もう走らないようにするよ。普段から生活態度が悪くてごめんなさい。改善するように心がけるよ、できる限りの範囲で。武田っちを怒らせてしまってごめんなさい。武田っちは怒るととっても怖い。でも、それは私の事を考えてくれてるからなんだよね。まだ出会ってから少ししか経ってないけど、武田っちは生徒思いの素晴らしい先生だと思ったよ。武田っち、大好きだよ。丹羽怜奈より。」


 文章を読み終わる頃には武田の手はプルプルと震えており、目には涙が溢れていた。


「丹羽さん……あなたって人は……」


 武田はハンカチで涙を拭くと、突然レイナを強く抱きしめた。


「ぐぇ〜〜っ! 武田っち強く抱きしめ過ぎ! このままじゃ窒息しちゃう!」  


 レイナが手足をバタバタするも、ものすごく強い腕力でがっちりホールドされているため、抜け出すことはできない。


「丹羽さん、これからもいっぱい指導してあげますからね! あなたを必ず一人前に育て上げますから!」


 レイナの文章に感動した武田は教師としてのスイッチが入ったようだ。


「丹羽さんも勉強に戻って結構です。しっかりと学力を向上させてくるように!」


「うん、ばいばーい!」


 レイナもお説教から解放され、Aホールへと歩いていった。授業時間が開始してから既に三十分が経過していた。

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