第14話 スプリングセミナー編一日目⑦

 レイナとリョウコは階段で白熱したレースを繰り広げている。

 先にスタートしたレイナは始めは優勢だったものの徐々に距離を詰められていき、遂にリョウコに追いつかれてしまった。


「ひぃ〜、どうしてそんなに速いんだよん!」


「僕は中学の頃、持久走大会で優勝してるんだ! 素人と一緒にされちゃ困るよ!」


「ぐぬぬ〜、負けてたまるかー!」


 レイナも負けじと必死に走り、どうにかリョウコに喰らいつく。

 そして遂に階段を上りきり五階に到着した。


「よし、ラストスパートだ! 僕が勝たせてもらうよ!」


「そうはさせないよん!」


 二人は全速力で廊下を駆け抜け「503号室」を目指す。

 そしてほぼ同時に二人の手が部屋のドアノブをつかんだ。


「どうやら引き分けみたいだね……」


「レイナがここまで速いとは思わなかったよ。良い勝負だった!」


 二人は固い握手を交わし互いの健闘をたたえあった。


「さて、じゃあ部屋に入ろうか」


 リョウコはドアノブをひねった。しかし、ドアが開く事はない。


「そういえば僕達は鍵を持ってなかった。ユリ達が来るまで待っていよう」


「そうだね!」


 それから数分経って、ようやくチカとユリも部屋の前にたどり着いた。


「ぜぇ……ぜぇ……やっとついたわ……」


「ユリちゃん、大丈夫ですか? しっかりしてください!」


 ユリの顔は真っ青になっており、チカに肩を支えられてやっと立っているという状態だった。

 ゆっくり歩いて上ってきたはずなのにここまで息が上がっているということは、ユリは相当な運動音痴なようだ。


「まったくユリは昔から体力が無いなぁ。僕はあと十セットは余裕だよ!」


「リョウコみたいな体力オバケと一緒にしないで! 私は頭脳派なのよ! ハァハァハァ……ゲフッゲフッ!」


「ユリちゃん大丈夫ですか!?」


 ユリはまだ呼吸が整わないうちに怒鳴ったため、むせてしまったようだ。


「いったん部屋に入って休憩しましょう……」


 ユリが鍵を開けると四人は部屋の中へと入っていった。


 彼女達が泊まる部屋はいわゆる和洋室というものだ。

 入口側は靴を履いたまま過ごす洋室で、部屋の奥は靴を脱いで過ごす和室になっている。

 洋室にベッドが二つ、和室には布団が二つ部屋の端に畳んで置いてあった。


 四人はそれぞれの荷物を部屋の端に置くと、勉強が始まるまで休憩をすることにした。


「ねぇ、まずは誰がどこで寝るかを決めない?」


 ユリがこんな提案をしたのは、階段を上って疲れたのですぐにでも横になりたいからだ。


「せっかくですしベッドと布団両方で寝てみたいので、一日目と二日目で寝る場所を交換するのとかどうですか?」


「いいわね、それ!」


 それから話し合いをした結果、一日目はチカとレイナがベッドを使い、リョウコとユリが布団を使う事となった。


「あ〜、フカフカで気持ちいいわ!」


 ユリは勢いよく布団に飛び込むと、横になってくつろぎ始めた。


「コーヒーが沸いたので、良かったら皆で一緒に飲みませんか? 勉強中の眠気に備えてのカフェイン摂取です!」


 部屋には電気ポットとコーヒーや緑茶の粉が備えつけてあったようで、チカはそれを使って四人分のコーヒーを沸かしたのだ。


「あー、飲む飲む! この前はブラックできつかったからお砂糖とミルクをいれて欲しいな!」


「わかりました、はいどうぞ!」


 チカはスティック状の砂糖を一袋とミルクを少量いれると、レイナにコーヒーを渡した。


「僕はブラックのままでお願い。やっぱりコーヒーの旨味がダイレクトにわかるのはブラックだよ」


「そうですよね、コーヒーで一番美味しいのはブラックですよね!」


 チカは先日、缶コーヒーを飲んだ時からブラックコーヒーにハマッており、リョウコとはブラックの美味しさを共有できる事がわかりかなり嬉しいようだ。

 チカは上機嫌にリョウコにブラックコーヒーを渡した。


(私はお砂糖とミルクを大量にいれたカフェオレが好きだけど、ここでそんな事言ったらチカやリョウコに子供だと思われるわよね……)


「私もブラックでお願いするわ。やっぱり最高よねブラックは」


「ユリちゃんもブラックですね? はいどうぞ!」


 チカはユリにブラックコーヒーを渡した。


「私だけ砂糖ミルク入りか〜。皆、大人ですごいなぁ」


「別にそんなの気にしなくて良いんですよ、レイナちゃん。好みは人それぞれですから!」


「そうだよね! それじゃあいただきます!」


 四人は和室の中心にある机を囲み、コーヒーを飲み始めた。


「インスタントですが、ホテルのだからそれなりに高級なコーヒーみたいです。美味しいですね!」


「苦味だけじゃなくほのかな酸味を感じるね。香りも最高だ。これは本物だよ!」


「ん〜、甘みと苦味がマッチして美味しい! 私はやっぱり砂糖とミルクがあった方が好きだなぁ」


 三人がそれぞれコーヒーを楽しんでいる間、ユリは自分のコーヒーカップとにらめっこをしていた。


(勢いでブラックコーヒーをもらっちゃったけど、私ブラックは苦手なのよね……でも、せっかくチカがいれてくれたんだから飲まないと!)


 ユリは恐る恐るコーヒーを自分の口へと運んだ。


「に、苦い……でも何故かすごく脳がスッキリする。これがカフェイン効果……でも苦い……」


「ユリちゃん苦いのは苦手なんですか? 無理しなくて良いんですよ。お砂糖とミルク入れますか?」


「う、うん。お願いするわ……甘々のカフェオレにしてちょうだい……」


 チカはコーヒーに三袋の砂糖と大量のミルクをいれるとユリに渡した。


「うん、とっても美味しい!」


 ユリは満面の笑顔でカフェオレを飲み干した。


 四人全員がコーヒーを飲み終えると、それぞれの思い思いの休憩時間を過ごした。


 そして勉強開始の十分前になった。


「そろそろ行きましょうか。確か会場は一階のAホールでしたよね?」


「そうだよん! これから辛い勉強時間が始まるけど頑張ろうね!」


「はい!」









 四人は部屋を出て階段を下り一階に到着した。


「え〜っと、Aホールはどこでしたっけ?」


 チカに聞かれると、ユリはしおりを開いてAホールの場所を確認した。


「館内図を見る限り、あそこの角を曲がるみたいよ。行ってみましょ!」


「ちょっと待ちなさい、A組五班!」


 四人が目的地に向けて歩き出そうとすると、突然後ろから呼び止められた。


「ん、どったの? 武田っち」


「どうしたのじゃありません! それと武田っちはやめなさいと言ったでしょ!」


 呼び止められて振り返ると、そこには武田が険しい表情で立っていた。


「あなた達四人が館内を走っているという苦情がありました。あなた達には生徒指導が必要なようですね! スプリングセミナー実行本部の方に来てもらいますよ!」


「ちょっと待ってください先生! 走ってたのはリョウコとレイナだけで……」


「言い訳はやめなさい! 良いから大人しくついてきなさい!」


 武田はユリの発言を遮って怒鳴った。


 そして四人は先生達がたくさん集まっている部屋、スプリングセミナー実行本部へと連行されることになった。

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