第12話 スプリングセミナー編一日目⑤
「今日のお昼ごはんは何でしたっけ?」
「ちょっと確認してみるね」
リョウコはしおりをめくり、スケジュール表のページを開いた。
「えーっと、峠の釜めしって書いてあるね。長野県の名物らしいよ!」
「峠の釜めしですか。良い響きですね!」
昼食のメニューに心を踊らせてしばらく歩いていると、昼食会場にたどり着いた。店の名前は、荻野屋というようだ。
「皆さ〜ん! クラスごとに席が用意されているのでA組の場所に座ってくださいね〜。並び順は自由にします!」
「皆、聞きましたか? 自由席なので四人で一緒に座りましょう!」
「お、いいねぇ。四人で一緒に釜飯食べようよん!」
チカとレイナが隣に座り、その向かいの席にリョウコとユリが座った。
それぞれの席には蓋をしてある丼サイズの釜が置いてある。
「はぁ〜お腹が空いたなぁ……早く釜飯食べたいなぁ……」
「僕も結構お腹空いたなぁ」
レイナとリョウコはバスの中ではしゃぎ過ぎたため、かなりお腹が空いているようだ。
「皆さん席についたようなので、食べましょうか! せ〜の……いただきま〜す!」
「いただきま〜す!」
織田の合図に合わせてA組の生徒達はいただきますをして、昼食の時間が始まった。
「よし、食べるぞ食べるぞ!」
レイナはいただきますを言い終わると同時に、腹を減らした猛獣の如く勢いよく釜の蓋を開けた。
中には鶏肉、ごぼう、椎茸、筍、グリーンピース、栗、うずらの卵、杏などといった色とりどりの具材が敷き詰められている。
「うっひょー美味しそう!」
レイナは割り箸をポキンと割ると、まずは鶏肉に箸を伸ばした。
「ふわふわとした食感の鶏肉から溢れ出す旨味、釜飯のしょっぱい味付けと相まって口の中でワルツを踊っている……」
「レイナちゃん!? いきなりどうしたんですか?」
いきなり目を閉じて謎の食レポを始めたレイナに、チカは少し面食らったようだ。
「レイナの様子を見る限りかなり美味しいみたいだね。僕達も食べてみようか!」
「そうですね!」
レイナ以外の三人も割り箸を割ると釜の蓋を開けた。
蓋を開けると中から湯気が立ち昇り、それがチカ達の鼻腔を刺激する。
「はぁ〜、とっても良い匂いです! まずは私の大好きなうずらの卵を食べてみましょう」
チカが卵を噛むと白身の部分がプチっと弾け、黄身の優しい甘みが口いっぱいに広がった。
そしてその直後に米をつかみ口の中へと放り込む。昆布を使った秘伝のダシで味付けされた米は上品なしょっぱさを口の中へと拡散させた。卵の甘みとマッチする最高の味だ。
「ん〜〜! 美味しい、美味しいです!」
ユリとリョウコもそれぞれ、釜飯を食べ進めている。
「ねぇ知ってる? この釜飯は旅客一人一人にどんな弁当が食べたいか聞いて、『温かくて、家庭的なぬくもりがあり、見た目も楽しいお弁当』という結論にたどり着き、1957年に完成したものらしいわ! 昭和天皇もこの釜飯をすごく気に入っていたらしいわね」
皆で釜飯を食べていると、ユリが峠の釜めしの歴史を得意気に語り始めた。
「お客さん一人一人にですか!? ものすごい熱意ですね!」
「昭和天皇って、あのすごく偉い人だよね。そんなこと人にも愛されるなんて、この釜飯は素晴らしいよん!」
「ユリ事前に色々調べてたもんね。僕達の中で一番スプセミを楽しみにしてたのは何だかんだユリなのかもしれないね。」
「スマホをいじってたらたまたま荻野屋のホームページを開いちゃっただけよ! 別に皆でスプセミを楽しみたくてずっとウズウズしてたとかそんなんじゃないんだからね!」
ユリは焦って支離滅裂なことをものすごく早口で言った。
「んー、深い歴史を感じる味ですなぁ……」
レイナはしみじみとした表情で釜飯を味わう。そして次々と箸を動かして具材を口に運ぶと、釜飯を完食した。
「もう食べ終わっちゃったよん……」
レイナは少し俯いて、しょんぼりしていた。
「レイナちゃん、良かったらお米の部分を少し食べますか?」
「本当、良いのかい? じゃぁ、あ〜ん!」
レイナはチカの方を向くと口を大きく開いた。
「え、レイナちゃん? あ〜んって?」
「チカが私に食べさせてよん! ほらほら!」
「わ、わかりました!」
チカは箸で自分の釜の中から米をつかむと、恐る恐るレイナの口の中へと運んだ。
「ん〜、美味しいよん! かわいこちゃんに食べさせてもらえるご飯は最高だねぇ!」
「喜んでもらえて良かったです!」
「レイナ、おじさんみたいなこと言わないで……」
チカに米を食べさせてもらう時のレイナの反応を見て、リョウコはドン引きしている。
そんな様子を見ていたユリは、落ち着きなくプルプルと動いていて、何かを悩んでいる様子だった。
(私もチカに食べさせて欲しいのに、なかなか言い出せないわ……でも勇気出さなきゃ!)
「ユリちゃん、どうしたんですか? 私の方をじっと見て」
「い、いやっ……あの……」
「もしかしてユリちゃんも私の釜飯食べたいのですか?」
図星をつかれたユリは焦りで顔の色がたちまち赤く染まっていった。
「べっ、べっ、別に食べたい訳ではないけど? でもチカがどうしても食べてほしいっていうなら食べてあげるわよ! ほら、あ〜〜ん!」
ユリは真っ赤な顔のまま口を大きく開けた。
「はい、どうぞユリちゃん!」
チカは米をつかんだ箸をユリの口の中へと運んだ。
(美味しい……なんて美味しいのかしら……今まで食べた物の中で一番美味しい!)
「あれ、ユリちゃん!? どうして泣いているのですか?」
よほど感動したのかユリの目からは涙が溢れていた。
それからしばらくして四人は全員昼食を完食した。
「皆さ〜ん、食べ終わりましたか〜? 昼食の時間は終了で〜す! せ〜の、ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした!」
織田に続いて生徒達がごちそうさまをしたことで、荻野屋での昼食の時間は終了した。
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