第2話


自室を見るのは、これが最初で最後だ。

幽霊って意外と便利なんだなぁ…なんて思ってしまう。


どの家具も、赤が目立つものばかりだ。

部屋の明かりをなぜか付けないから、そう見えるだけなのかもしれない。

自室に真っ直ぐ戻ったあいつは、いつもそうなのかひとりがけの古びたいすに腰を下ろした。

柔らかそうな赤い髪が、微かに開けた窓から入る風に揺れる。

それがいつも気になっていた。

まるで燃え上がる炎のように見えるから。

魂から炎のような男だから。

窓を見ると、大きな星が輝いていた。

それに空が青い。

良い夜だ。

どうせなら今日葬儀にしてほしかった。


「…今日が…良かったか?」


…え?


思いがけない呟きに、出もしないだろうに汗が滲んだ気がした。

目を向けると、赤い目は空を見つめていた。

俺に言ったんじゃない。

言うわけがないのだ。

ていうかそんな優しい口調できるんだ。

焦った。

びびった。

そうそう、だからこそ俺に言うわけない。

あの大技の邪魔をしたのだから。

剣の内に秘められた怨嗟の炎を使う、炎極を。


「…どうしてだ…」


他の仲間にでも言っているのかもしれない。


「……どうして…」


赤い目が、切なそうに空を睨む。

そんなに睨んだら空が燃えてしまうんじゃないかと、思わせるくらいに。


「……せ…」


小さく頼りなく呟く。子猫みたいな鳴き声だ。

こんなに辛い思いしてるんだ。

支えるなにかになりたかったな。

まあ無理か。

端っから、嫌われていたのだし。


小さく身を震わせて、悲しみにうちひしがれている。

撫でたいこの手はなにも触れない。

ああ、死んでた。

なんか、俺まで悲しくなる。

泣けたらいいのに泣けるかアホたれ。

眺めるだけしかできないのなら、役立たずのごみくず同然だ。

最期まで、俺はなんの役にも立てない。


ごめんな。なんかごめんな。


喘ぐ、赤き怨嗟の大剣を使う騎士。

苦しむように、言葉を吐き出す。


「……成瀬…」


顔が、歪んでる。

目が、潤んでる。

体が、震えてる。

俺を、呼んた。

まさかと思い、俺は後さずる。

んなわけがない、んなこと、あるわけがないんだ。

なのに、涙を零した。

ついに涙を零した。

唇が、俺の名前の形を辿る。


「…なる…せ……」


返事できないんだよ。

返事してぇよ!

心の中で叫んでも、声なんか出やしない。

けれど、声を出した所で、声帯が震えることもない。

未練が残る。未練が残る。


「……どうして…止めた…俺は…お前を護りたかった…」


俺だって、守りたかった。


「どうして前線に来るんだ…どうして…俺の傍にいたんだ…」


お前を、守りたかったんだよ。


赤い目がぽろぽろと涙を零す。

吐き出すのはどれもこれも、絞り出された本音ばかり。


「何度言っても…お前は前線の衛生兵を志願して……」


未練が残る。

未練が残る。


「…どうして……どうしてだ?」


なにかに押しつぶされてしまいそうな、大きな体を抱きしめてやりたい。

死ぬくらい抱きしめ返されても、文句なんて言わない。


「…どうして…こうなったんだ…?それだけは避けようとしていたのに…」


未練が残る、未練が残る。


潤んだ目が、辺りを彷徨う。

探すような、縋るような。

迷って、迷って、迷ったあげく、何かをみつけたかのように顔をぐしゃぐしゃにした。


「どうして死んだんだ、成瀬っ!」


土岐が俺を見て、叫んだ。


「…好きだ…成瀬…だから…死ぬな…」


土岐が俺の腕を捕まえた。

震えてる。

俺も震えてる。


「…成瀬…死ぬな…」


土岐が俺を抱きしめた。


俺は、未練がたらたらにできてしまった。


でも、俺は…死んだ。

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