しんだ

狐照

第1話

あいつがそれを掲げる前に、どうにかしてやりたくて、俺は闇雲に突っ走って、そうして死んだ。










この街、というよりこの国特有の葬儀が明日執り行われるらしい。

別段有名でも優秀でもなかった俺に、反魂の術は掛けられることはなかった。

まぁ生き返ったとしても、近いうちまた死んだだろうし。

お金と魔術の無駄使いは、戦争中の国ではあってはならないのだ。

いちおう葬式してもらえるだけ有り難いか。

してもらえない状態とか状況とかあるしね。


と、いうわけで白い花が俺の眠る棺桶に入れられる。


名前なんて知らないが、この国では白く花びらが一枚のような花を、別れの挨拶にしている。

俺が眠る棺に今入れられているのは、誰の別れの挨拶なのだろうか。

事務的なひとの動きを、俺は眺めていた。


幽霊がいる、なんてのはよくある話だった。

まさか自分がそれになる、ってのは考えたことがなかった。

この世に未練がある奴は、悪霊になって…なんてありがちホラーにはなるつもりはない。


親も兄弟も親戚もいない。

気に掛けてくれる友人も、実はいない。

大体。

未練なんて、あるわけがない。

俺に未練なんて、まったくないのだ。


多分死体焼かれたら成仏すんだろ。

勝手にそう思いこんで、俺は窓の外を見た。


大国から独立して百年。

この国は平和だった。

だったが、それは誰かが護っていたから平和だった。

犠牲だらけの平和だった。

その誰かに、俺は所属していた。


俺は衛生兵として軍隊に所属していた。

元々は前線の戦士として入隊したのだが、学んでいくうちに、医学知識と治癒能力が高いことが分かり、衛生兵に回されたのだ。


なんだってよかった。

前線にいれればなんでも良かった。

ただ、あいつの傍にいたかった。

未練はない。衛生兵だった俺が、守れたのだから。

自己満足して微笑む。


「…これはこれは……」


葬儀の準備をしていた人間が、口々に声を上げた。

それは歓喜に近い、なんだか不謹慎な感じだ。

俺の寂しいこと受け合いな葬式を、どうするつもりなんだこの野郎。

そう思い目を向けると、そこには私服に着替えたあいつがいた。

赤い髪が微かな動きに合わせて跳ねる。

赤い目が炎のように光っている。

それに加えて、あのぶすっとした顔付き。

間違えようがない。

あいつだ。

俺が好きだったひとだ。

呪われた怨嗟の大剣を振るう、志岐だ。


「…成瀬様の…ご挨拶にでしょうか?」


うやうやしく訪ねる葬儀屋。

あいつは俺の死体が入っている棺を一瞥。


「そんなとこだ」


炎のような出で立ちのくせに、あいつの言葉はまるで氷。

俺は何度、その言い放ちに傷ついたことか。

それはそれは…葬儀屋が腰を低くさせ、あいつを棺へと誘う。

俺は思わず、立ちすくんでいた足を動かした。

あいつが俺のことを見て、どんな顔をするのか見てみたかったからだ。


「成瀬様とは…?」


葬儀屋が、俺の死に顔を見ながら呟く。


「…お節介で、使い物にならない役立たずの衛生兵だった」


…言うと思った…。


死人に口なし。

あいつは俺が死んでいるのをいいことに、さらっと言ってのけた。

言い返したい、言い返せない。


葬儀屋の顔が、なにを言い出す英雄武人?という顔に変わる。

葬儀屋が面白い顔してどうすんだよ。

少しはその、仏頂面変形させてみやがれこの。

蹴りを入れても、触ることができなかった。


「口うるさい母親のようでいて、頑固なくそ親父」


周りの葬儀屋さんたちが、聞き耳を立てています。

ここは軍舎じゃねぇんだから、少しは控えたほうがいいって。

俺は、言い返すことも、止めることもできないのだから。


「…ただの衛生兵のくせに、前線に出てきて、俺の邪魔をして…無様な奴だ……ごみくずめ…」


…言ったな…。


葬儀屋が、ぽかんと口を開ける。

そりゃそうだ、噂と立ち振る舞いと顔で、情に厚い人徳な男と思われているのだから。

前線と軍舎を知らない人間なら、こんなに言葉がきつい奴だなんて、誰が思うだろうか。


俺にだけ(できない奴)には厳しいことしか言わない。

傷付けるだけ傷つけて、言い返すと仕返しのように傷付けてくる。

なのに俺は好きだった。


「…言いたいことは言った…失礼致します…」


あいつが踵を返して去っていく。

いつも見つめていた背中が小さくなっていく。


「…この方…そんなに恨まれた…?」


葬儀屋が棺で死んでる俺に言う。

憐憫の瞳、傷つかない。

だって死んでるし。

それに、そうだったのかもしれないし。


俺は自然、志岐を追った。

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