だって貴方より彼の方がおっきいの……

西基央

第1話


 ある日、街を怪獣が襲った。

 特撮じみた、全長50メートルもある巨大な恐竜みたいな化物だ。

 自衛隊のヘリや戦闘機、戦車が出動したけどまるで歯が立たない。

 そいつをどうにかしたのも、やっぱり特撮じみた銀色の巨人だった。

 ヒーローではなくヒロインで、全長四十五メートルの女性。スタイルがよいから一時期はSNSでも話題になった。

 でも僕は知っている。

 その巨大ヒロインが、人間が変身した姿だということ。

 そして正体が、僕の恋人だということ。


『この本、小さな頃から好きで。何度も読み返しているんです』


 同じ高校に通う、物静かな少女だった。

 図書室の片隅で本を読んでいるような子で、僕と仲良くなったのも小説の趣味が合うから。

 あの小説が面白かった、今度実写化するから一緒に見に行こう。

 些細な触れ合いを繰り返して、いつしか思いを通じ合わせ、二人は恋人同士になった。


 デートをした。手を繋いで歩いた。

 少し時間はかかったけどキスもした。

 最初は緊張して、歯と歯がぶつかってお互い照れ笑い。


『失敗しちゃった』


 彼女がはにかむものだから。緊張が解けて改めて口付ける。

 うまくいかなかったけど印象に残る僕達の思い出だ。

 それから、何回も逢瀬を重ねて、僕の自室で二人は一つになった。

 その時も最初は失敗して、ちょっと気後れしながらも別の機会に再挑戦して、ようやく二人は抱きしめあった。

 その時の僕は、たぶん彼女も、人生で一番幸せな瞬間だと素直にそう思えた。

 まだ高校生なのに、いずれは結婚したいなんて、寝物語に本気で語り合った。



 でも、宇宙から飛来した怪獣が街を攻めてきた。

 そして何故か彼女がそれに対抗する存在『光』に選ばれた。


『光』は暴走する怪獣や悪の異星人と長く戦い続ける、意志を持つエネルギーらしい。

 そいつが彼女に力を与え……結果として女性型の銀色の巨人が、正義の変身ヒロインが生まれてしまった。 

 運動が苦手だった彼女だけど、立ち向かうと決めた。


『君がいるこの街を守りたいの』


 二人でデートをした動物園を水族館を、帰りに寄り道したハンバーガーショップや服屋を、怪獣なんかに壊されたくないと彼女は真剣に語った。

 そうして彼女は戦った。

 襲い来る怪獣を、謎の異星人を、人間だけを殺す機械だって、銀の巨人は倒してしまう。

 彼女は喜び、僕は喜び、街の人達も喜んだ。

 連戦連勝。どこかから現れる銀の巨人は地球の守り神と持て囃された。


 だけど変身を解けば、物静かな女の子。

 空いた時間には一緒に本を読んで、体を寄せ合いくつろいだ。

 それがずっと続くと思っていた。

 

 なのにある日、唐突に終わる。


『なんで……!? 変身が解けない、戻れない⁉』

「お、落ち着いて!」

『でも、でも私……⁉』


 いつものように怪獣を倒した後、銀の巨人はその場で立ち尽くしていた。

 本来なら光と共に消えていき、少女の姿に戻るはずなのに。


 理由は分からない。

 彼女は巨大な銀の巨人のまま元の姿に戻れなくなっていた。


 怪獣を倒したのに居座る巨人。

 その対処に街の人々は困った。助けられたのは事実だが、いつまでもいられては交通がマヒしたまま。

 だから警察が「どうか場所を移動してもらえないだろうか」と。

 銀の巨人は従った。だって中身は僕の恋人、優しいあの娘が迷惑をかけたままでいられるはずがなかった。

 だから郊外の高台の一角に移動して、巨人は体育座りになった。

 数日経ってもそのまま戻らない。どうやら太陽の光さえあれば食事などは必要ないらしい。

 僕の恋人は巨大なまま、身動きせずに空を眺めている。


『うぅ、どうして。私、何か悪いことしたのかな……』

「そんなことない! お願いだ、泣かないで」

 

 泣き崩れ、沈み込む毎日。

 しかし銀の巨人は涙をこぼすこともできない。

 そんな中、迷惑系の動画配信者がやってきた。


「ちーっす、今話題のぉ、銀の巨人に突撃しちゃいまーす」


 別の日にはテレビ局の中継取材が。


「あの巨人はいったい何者なのでしょうか」


 また別の日には、市民団体が。


「日照権の侵害だ!」

「出ていけ!」


 動画のネタにしようとする者がいた。

 太陽の光が遮られるからと郊外に住む人が騒ぎ出した。

 その間にも怪獣はやって来て、僕の恋人が撃退する。

 なのにやっぱり元の姿には戻れず、銀の巨人は高台にいる。

 途中で騒ぐ人々が煩わしくなったのだろう。彼女はバリアーのようなものを張って彼らを遠ざけた。

 それを通り越して彼女の元の行けるのは、僕だけだった。


『どうして、こんなことになっちゃんだろう……』


 巨大な恋人の肩に座って、その嘆きに耳を傾ける。

 いや、彼女は言葉を発せていない。よく分からない奇妙な音が漏れるだけだ。

 たぶん念話みたいなものなのだと思う。


『ごめんね。こんなのじゃ、結婚できない……』

「大丈夫。だとしても、僕はずっと傍にいるよ」

『うん…うん……。ごめんね、ありがとう……』


 彼女の泣き声が脳に響く。

 僕はそっと銀色の肌に触れた。固く、冷たい。怪獣の一撃でも傷付かない、逞しい体躯だった。

 そうして彼女は戦い、僕は傍で彼女の嘆きを聞く。

 形は変わったけれど二人で過ごす日々がまた始まった。


『映画、身に行けなかったね』

「別にいいよ。僕にとっては君と一緒にいることの方が嬉しいんだから」

『えへへ、もう』


 冷たく固い彼女の頬にキスをする。

 喜んでくれたのか、目のあたりがぴかぴか点滅した。

 ちょっと大きさは違うけれど僕達はちゃんと恋人同士だ。

 彼女の声も以前よりも活気を取り戻したように思う。


 元気になった僕の恋人はやって来る怪獣を撃退する。

 でも街の人は応援したり、邪魔に思ったり、高台の彼女を遠くから撮影した李と好き勝手。

 彼女が泣けば僕が慰める。僕が腹を立てると、逆に彼女が窘める。

 そうやってうまくやってきた。


 ある日、またも街が襲われた。

 今度は謎の異星人。人型タイプの侵略者もそれほど珍しくない。

 襲ってくるが、撃退する。いつもの流れだと思っていた。

 でもそいつは今までとは違った。

 というのも倒される前に逃げ帰ったのだ。


『うう、倒せなかった……』

「でも街の平和は守れたんだし」


 僕がそう言うと彼女は顔を上げ、今度こそはと気合を入れ直した。

 そして再戦。またもあの異星人がやってきた。

 彼女は戦う。けれど一戦目とは違った。

 異星人の動きが、鋭くなっている。違う、銀の巨人の戦い方に合わせて最適化したような体術を使うようになったのだ。 

 攻めあぐねる彼女。しかしどうにか追い詰めたところで、またも逃げられる。


『あの異星人、すごく危険だよ』

「うん。もし、また来たら」


 さらに強くなっているかもしれない。

 その懸念は的中した。異星人の身体能力自体が上がっている。

 加えて銀の巨人への対策を完璧に行い、一瞬の隙や僕達ではわからないような動きの弱点を突くようになった。

 彼女は終始劣勢。もう、倒される。そう言うところまで追いやられたのに、なぜか謎の異星人はトドメを刺さず帰っていった。


『どうして、あの時逃げ帰ったんだろう』

「……分からない。でもあいつ、どんどん強くなっていく」

『もし、次来たら私……』

「大丈夫、大丈夫だよ」

『……うん、ありがとう』


 根拠のない大丈夫を繰り返しながら、巨人の肩から背伸びをしてその頬に触れる。

 少しは安心してくれたのか、念話の響きが柔らかくなった。

 夜になり、彼女は高台に残り、僕は家に帰る。

 銀の巨人は食事を必要とせず、眠る必要もない。彼女はまた、遠い空を眺めて夜を過ごすのだ。








 そうして、謎の異星人がまた襲来した。

 根性論ではどうにもならない。もはや異星人は、銀の巨人では対応できない程強力になっていた。

 何度も倒され、立ち上がり。だけど僕の恋人が必死になって戦っても、攻撃自体が当たらない。

 その光景に街の人々は絶望していた。

 銀の巨人が負ければ、今度こそ滅ぼされる。

 どうしようもないところまできてしまった。



 けれど、流れが変わった。



 攻撃を止めた謎の異星人は、口元を光らせて機械音のようなものを響かせた。

 たぶん、ヤツのコミュニケーションなのだろう。銀の巨人も独特の発声でそれに応じる。

 かと思えば一瞬沈黙が訪れ、再度異星人の攻撃が始まった。

 体勢をかがめての突進、からのタックル。そこからさらにベアハッグ。

 締め付けられて、銀の巨人は嫌がるように何度も首を横に振る。余程の苦痛なのだろう、声にも余裕がなかった。

 しばらく続いた後、銀の巨人はぐったりと脱力してしまった。


 勝負がついた。

 街の誰もが理解した。正義の巨大ヒロインは、負けたのだと。


 謎の異星人は銀の巨人の手を掴み、空高く浮遊する。

 同時に機械音を鳴らしながら、僕ら全員に念話らしきものを送った。


『地球の守護神は敗北した。しかし、この女は自らの命と引き換えに地球人の助命を請うた。故に、我々は……他の異星人や怪獣にも、地球には手出しをさせぬようここに協定を結ぶと宣言する』


 ざわつく市民。

 正義の味方は負けた。それでも地球を守るために、その身を犠牲にしたのだ。

 最後の言葉を告げ、謎の異星人は宇宙に帰っていく。誰もがその姿を、呆然と眺めていた。





 こうして正義の味方はいなくなった。

 しかし異星人の言葉は事実だったらしく、その後怪獣たちは一度たりとも襲ってこなかった。

 平和の訪れた街では、今も時折地球の守護神について語られる。


 敗北しても、その命と引き換えに地球を守った英雄。


 彼女の偉業は、きっとこれからも受け継がれていくのだろう。




 ◆




 ……でも、僕だけは知っている。

 だって僕には彼女の心が理解できたから。そして念話に慣れ過ぎたせいで、謎の異星人の声も聞こえてしまったから。


 あの時、異星人はタックルをしたのではない。苦しめるためのベアハッグでもない。

 あいつは、ただ僕の恋人を抱きしめた。

 そして耳元で囁いた。


『なんでお前が、そうも必死になって街を守る? 奴らは好奇の目でお前を見たではないか』

『違う、そんなことない! 私は、大切な街を』

『守って、どうする? もう、二度とその輪には入れないのに』

『やめて、言わないで!』


 彼女は嫌々をする子供みたいに何度も首を横に振る。

 痛かったわけじゃない。ただ、聞きたくなかった。

 事実を突き付けてほしくなくて、駄々をこねていた。


『それでも、私は……大好きな、恋人を、守るために』

『恋人? そいつに何ができる。大きさが違う、生態が違う。僅かな時間傍にいるのが限界だ。共に生きることはできない。……いずれ、その男も、同サイズの番を見つけて幸せな日々を送る』

『やだ、やめてよ……』

『その時お前は、高台からその幸福の営みを眺めることになるのだ』

『お願い、です……やめて、くださいぃ……』


 異星人は僕の恋人を追い詰める。

 そして、トドメにかかった。


『では聞くが、お前の小さな恋人は、一度でもお前を満たしてくれたか?』


 そこで、多分何かが切れた。 

 銀の巨人はぐったりと脱力してしまう。街の人には骨が折られたか力負けして、抵抗する手段を失ったように見えただろう。

 けれど違う。

 単に限界を迎えただけ。だって異星人の言うことに間違いない。

 できる限り一緒にいようとしたけれど。僕には彼女を抱きしめることもできなかった。

 僕のやりたかったことを、こいつはやってのけた。


『あ、ああ、ああああああ………』


 ああ、この結末は当然だ

 謎の異星人は、戦う度に銀の巨人の対抗策を増やしてった。

 弱点や隙を突くようになった。

 そんなヤツが。

 どれだけ強くなっても残る“物静かな少女の心”という最大級の弱点を、見逃すはずがないのだ。


『我なら、傍にいられるぞ。同じ姿で、同じ目線で生きられる。さあ、ともに来るがいい』


 その意味を間違えない。

 辛いときには抱きしめてやれる、泣いたなら頭を撫でてやれる。

 同じ大きさ、同じ異形なら、長くを共にあることだって。


『どのみちお前は負けた。断れば、街が滅びるだけだ』


 その優しい声音が、たぶん彼女の最後の矜持を折った。


『……ごめんね、本当に、大好きだった……』


 でも彼女が選んだのは異星人だ。

 僕達を守るという言い訳のもと、彼女はその手を取ったのだ。

 変わらないはずの彼女の表情が。

 僕には、恍惚と呼べるものだったように思えた。





 ◆




 あれから少しの時間が経った。

 時折僕は、銀の巨人のいなくなった高台を眺める。

 僕の恋人は今も英雄として称えられている。

 真実を知る僕はそれに同意できず逃げて、耐えられなくなると彼女と過ごした時間を振り返る。

 でも、どんなに楽しい思い出に浸っても、最後はあの別れに辿り着く。

 彼女は僕ではなく、悪辣な異星人を選んだ。

 罠だと分かっていても逃げられなかった。


「結局は、サイズの違いってことなのかな」


 あいつの方が大きかったから。

 抱きしめてやれるから。

 ……小さな僕では満たすことができなかった。


 どうにもならないことを考えて、溜息を吐いて空を見上げる。

 遠い遠いどこかの星で彼女は元気でやっているだろうか。

 僕はそれなりに穏やかな日々を送っている。時々、胸は痛むけれど。

 しばらく時間を潰してから僕はその場を後にした。

 地球の守護神が去った今も、街は平和に回っている。




・おしまい。




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