転職サイトと諜報員

森津あかね

経験者は意外なルートで

「研修あり、経験者優遇……あるんだな、こういう仕事」

 前の職場が倒産したために新しい仕事を探していた俺は、転職サイトに出てきたページを見て思わず笑ってしまった。前職とだいたい同じ内容で、待遇も良さそうだが、まさか普通の転職サイトで見つかるとは思ってなかった。なぜなら、俺の前職は特殊な業務だったから。

「ま、向いてる仕事といえば向いてる仕事だな」

 エントリーボタンを押しながら独りごちる。まさか、転職サイトに諜報員の求人があるなんて思わなかった。

 時代は変わるということなんだろうか。それにしたって転職サイトに求人が出てるのは時代が変わりすぎだろと思いながらも、俺は証明写真を撮りに行くためのスーツを探そうとクローゼットへ向かった。


 面接会場はごくありふれたオフィスビルだった。言われなければなにかのメーカーに見えるような、そういう建物に入り、受付で面接に来たことを伝える。受付の女性も、面接官の男も特にそういうエージェントには見えなかった。まあ、隠密が主な仕事の諜報員に「いかにも」な雰囲気があっても困るからいいんだが。

「では、面接は以上になります。なにかご質問はありますか」

 面接は驚くほどにスムーズに進んだ。身体能力のテストくらいはさせられるかと身構えていたが、そういうこともなく、それらしい質問といえば扱える銃火器の種類と情報処理ソフトの種類くらいだった。一般的な会社のセキュリティハックくらいはできると答えると、相手は少しだけ眉を上げて期待以上ですね、と言った。手応えはいい。

 だからこそ、どうしても引っかかる。面接ですべきでない質問かもしれないが、この機会を逃せばこの疑問に対する答えは手に入らないだろう。俺は小さく覚悟を決めて、ずっと気になっていたことを聞くことにした。

「では一つだけ。どうして御社のような諜報機関が、一般的な転職サイトに求人情報を出していたのかお聞きしてもいいですか?」

 諜報機関にとって、セキュリティは重要だ。そういう機関があると世間に知られること自体があまり好まれない。ましてや政府所属でない機関が姿を見せることは、機関に依頼を出すあらゆる企業や組織から眉を顰められることにも繋がる。それもそのはず、隠れて情報を手に入れるはずの組織が姿を見せるなんて本末転倒だからだ。軽く調べた限りでは特に問題点のなかったこの機関が、どうしてそんな危ない橋を渡っているのか、それだけがずっと気になっていた。

 俺の質問を面接官は予期していたらしい。そうですねと手元の書類を片付けながら、困ったように眉を下げてみせた。

「実は、我々の機関は人手不足でして」

「はあ」

「諜報員、それも経験者となるとなかなか見つからないんですよ。一応、育成部門もありますから若手を育成はしているんですけれども、それでは時間がかかりますからね。他社さんから引き抜き、いわゆるヘッドハンティングや、フリーの方の所属を促すことで人員の幅を広げています。が、いかんせんこういう業種なのでそういった方を見つけることも難しく。なにせ皆さん隠れていらっしゃいますので」

「それで、転職サイトに?」

「ええ。正直なところ、私も本当に応募が来るとは思っておらず、驚きはしましたが」

 正直な、というか正直すぎる人だ。あまりにあっさりと理由が明かされて、聞いているこっちが困惑する。長年鍛えられていた表情筋がなければ、俺もぽかんと口を開けていたことだろう。

「……驚いたのはお互い様ということですかね。私も転職サイトから求人情報が見つかるとは思いませんでしたから。そもそも、今までのところはダークウェブとかに求人を出していて」

「もちろんそちらにも出していますよ。転職サイトに情報を載せたのは、まあ、言ってしまえば上からの圧力を避けて仕事をしているように見せるためのものです。こうして来ていただけたので、私としては成功ですね。貴方はこちらの想定以上に良い経歴の持ち主です。素晴らしいと思います」

 穏やかな口調ながら、しれっと上司の目を眩ませたことを口にする。この男がどういった部門に所属するのかは知らないが、この図太さは諜報員らしいと言えるだろう。まあ、俺はもう諜報員をやる気はなかったので、転職サイトに求人を置いて引き抜くのは成功といえば成功だ。この機関の戦略にまんまと引っかかってしまったような気もするが、まあ悪い機関ではなさそうだと俺の本能が告げていた。むしろ、こういった強かな組織は俺の好む場所だった。

 他に質問は、と促されたので特にないと返答する。面接官は軽く頷くと、結びの言葉を口にした。

「では、こちらで一週間ほど精査したのちに採用の可否についてご連絡しますね。本日はありがとうございました。気をつけてお帰りください」

「ありがとうございました。失礼します」

 席を立ち、丁寧に礼をして面接会場を去る。帰り道を歩きながら、俺はやっぱり転職サイトから諜報員になれるのは面白いよなとしみじみ思い返したのだった。

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転職サイトと諜報員 森津あかね @nasu2bitasi

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