13 契約
C-7を使って定期連絡を取っているユリアから新しい報告があった。
曰く、カタリナがアポイントを取りたがっているとのこと。
勿論OKを出す。彼女は街に潜入した本命でもあった。
思えばここまで長かった。
オラトルの秘薬を作り、商人に頼んで外に持ち出してもらい、平原に置かれた箱からC-1を使って回収した。依頼が不履行される可能性も考えていたが、流石は商人というべきか約束事をちゃんと守って貰えた。
そして回収したオラトルの秘薬の試用のためC-7で街に侵入し、ユリアに試すことで効果を確かめた。ユリアという元銀級冒険者の手駒が得られたのも嬉しい誤算だ。その後ユリアに街で生活してもらうことで、オラトルの秘薬を持っている俺がいることを知らしめてもらい、ようやくカタリナと交渉する機会が得られた。遠回りであったがなんとか学院に入学する前に終えることができた。
交渉場所は市街地の一角を指定した。強硬手段に出られないようにするためであり、交渉相手もカタリナとその妹のマリアだけだと前もって指定しておいた。色々条件を出してこちらの印象は下がっていないか心配である。
今夜が待ちに待った交渉だ。ここで失敗しては眼も当てられない。
本腰を入れるためにも、リリーにアドバイスを尋ねた。
「リリー。会話をするときに相手に好印象を持たせたいときにはどうすればいいんだ」
それにリリーは少し考え込むと、
「そうですね。相手にもよりますが、女だったらヴィン様なら少し微笑んであげるだけでイチコロですよ。可愛いとでも言っておけば、すぐに顔を赤くするでしょう。後は第一印象は見た目で決まりますから、清潔感も大事ですね」
「ふむふむ」
交渉にはC-7を使うため、俺のイケメンを活用することはできないが。
清潔感に外見か。参考にはなるな。
「他には笑顔と……うーん。なんでしょう」
「贈り物とかか?」
「それは、なんというか、ヴィン様が誰を想定しているかは分かりませんが、友達とかだとしたら重いかもしれませんね」
「そうかな」
「そう思います。姿勢とか、ハキハキ喋るのを意識した方がいいかもしれません」
ふむ。姿勢、喋り方、と。
「なるほどな。ありがとう、参考にするよ」
「いえいえ。しかしなんでそんなことを聞いたのですか? 面会でもあるんですか?」
「面会ではないが、将来のために知っておくべきだと思ってな」
「おお、勉強熱心ですね。知りたいことがあったらいくらでも聞いてください」
「分かった」
リリーからのアドバイスを貰って考えを纏めると、C-7を使ってユリアと連絡を取り、交渉に向けての買い出しをお願いした。
◻︎
「二人だけだと危険だ。せめて俺たちも隠れて付いていく」
「同意する。罠の可能性だってある。はっきり言って怪しすぎる」
カタリナとマリアが二人だけでユリアを治した人物に会いにいくと言った時のパーティーメンバーの反応がこれだった。
情報屋でユリアの居場所を聞いたカタリナは真っ直ぐに彼女の下へ向かった。
そしてユリアと交渉した結果、条件付きであるが彼女を治した人物と会うことができることになった。
その条件というのが、誰にも知らせず、カタリナとマリアの二人だけで決まった時間にユリアの案内に従って付いていくというものだった。
「二人だけが俺たち『凍雷氷花』ではないだろう。もし戦闘になった時には盾になることが出来る」
「嵌められてからでは遅い」
カタリナのパーティーは『凍雷氷花』という名であり、四人パーティーだ。パーティーに事情を伝えたところ、今回待機することになる二人がカタリナとマリアだけで行くことに猛反対していた。
しかしカタリナは決意を固めたようで、反対意見にも憮然と返す。
「相手が得体の知れない相手で危険なのは分かっているわ。でもこのままのペースだと、ユウくんの呪いを解くことは難しかったし、ここは賭けに出るしかないの」
「命あっての物種だろう。カタリナが死んだらユウキはどうなる? 彼のことを考えるなら慎重な行動を心がけるべきだ」
「それで隠れて付いてきたとして気づかれたらどう思われると思ってるの。いえ、きっと気付かれるわ。だって私以外銀級冒険者じゃない。ユリアの目を誤魔化すこともできないわ。
これまで呪いを解く手がかりなんて見つからなかった中でようやく見つけたのよ。浅慮な行動で台無しにしたくないわ」
実力不足だと言外で言われ、押し黙るパーティーメンバー。銀級は冒険者の上澄ではあるが、上には上が存在する。
カタリナは納得いかない様子の二人に再度、
「それに死にはしないわ。私は金級冒険者のカタリナよ。相手がどんな奴だろうと不覚は取らない。例え相手がどんなに強大でも逃げることは出来るわ」
と断言する。
不満の視線を向けられてもカタリナは意志を曲げる気はなかった。
危険は百も承知だ。元々織り込み済みで承諾したのだ。
危険であろうと、降って湧いた機会であることは間違いなく、金級冒険者としての自負もあった。折角の最愛の義弟を救えるという希望を逃すことはできない。
「お姉ちゃん。時間」
「そうね。行くわよ」
背後からかけられたマリアの言葉に応えると、何か言いたげな二人を尻目に借宿を出た。
外は暗く寒い。
夜を指定したのはその世界の住民であるからではないか、なんて想像をカタリナは振り払った。
そしてカタリナとマリアは約束の場所へ向かう。
「あぁ、来ましたね」
そこにはユリアが待っていた。
佇まいは情報屋から聞いた通りブランクがあったとは思えない歴戦の冒険者だった。
「言われた通り二人で来たわよ」
「ええ、そうみたいですね。では付いて来てください」
軽い足取りで歩き始める。
一部騒がしい場所はあれど静寂が多くを占める夜の街。『
照らされたユリアの背は隙のように見えてこちらを警戒していることがわかった。
(それはお互い様ね)
そして歩いて街の外枠部に近くなった頃。
目的の建物についたようでユリアは足を止めた。
そこは市街地の一角であったが、境界に近く老朽化した建物が多かった。
その一つ。今はもう使われていない建物の中へと入った。
そして対面した。ユリアの呪いを解いたであろう人物と。
「命令通りお連れしました」
「ご苦労」
ユリアの言葉に返事を返したこの男がそうなのだろう。
壁に背をつけ、腕組みしている男。目出し帽の上からデフォルメされた狸の仮面を被っている男が。
(なによその仮面)
内心のツッコミはマリアも同じだっただろう。
よくよく見れば服装もおかしい。
正装である形式ばった襟服を袖に通し、手は包帯で覆っていた。
ふざけているような仮面に真面目な服装は、なんというか、絶望的に似合っていない。高級店で買ったのか踵の高い深靴もそうだ。
身長も相まって子供が化粧服を着ているようにも見えてしまう。
実際はヴィンがC-7の目元が受付嬢に怯えられたことを思い出して親近感を出すために仮面をつけたのだが、親近感どころか警戒を抱かせてしまったようだ。そして清潔感を出すために身につけた服も靴も思うような効果を与えることはできなかった。
ともあれ、カタリナが警戒している中でその男は見遣ると口を開いた。耳障りのする、掠れた声だった。
「初めましてだなカタリナ殿、そしてマリア殿。俺の名はナナシだ」
「そうね。ナナシさん。有意義な話し合いができると嬉しいわ」
「……」
カタリナは気丈に、マリアは沈黙で返した。
「ふム」
ナナシが二人を見て、目出し帽を揺らした。
気持ち悪いと感じたこれが嗤いだと、二人は直感する。
「二人とも美しいナ」
「……何のつもり」
低い声でカタリナは言う。身体を要求されている可能性を考慮してのことである。
カタリナも冒険者として生きているからには覚悟はしているが、出来れば
その決意を感じ取ったのか、ナナシは首を振る。
「そんなつもりはなかったのダ。ああ、謝ろウ。知人から女にはこう言うと喜ぶと教えられたのだが、上手くいかないナ」
カタリナがちらりとマリアに視線をやれば頷くのが分かる。どうやら本心のようで安心する。嘘感知魔法は効果を発揮しているようだった。
この機会にこのまま本題を尋ねようとしたところで、横槍が入った。
「ナナシ様。そこのマリアと言う女が、こっそり魔法を使っているようです」
そう言ったのは静観していたユリアだった。
マリアが固まりカタリナが内心苛立つ前でナナシはほぅ、と呟くと。
「気づかなかったナ。どんな魔法か分かるカ」
「恐らく、嘘感知魔法かと」
「お前に解けるカ」
「難しいです。嘘感知魔法は第六階位の魔法であり、金級相当です」
「成程、優秀だナ。お前は」
最後の言葉はマリアに向けられた物だった。
声音は確信しているようで、これはもう誤魔化しようがない。
カタリナはマリアを庇うようにして立つと虚勢を張る。
「悪かったわね。でも、こちらも嘘つかれるんじゃないかってギリギリなのよ。不快に感じたなら解かせるわ」
手を挙げて悪意がないことを示す。
ナナシは気に留めた様子は無く、視線を虚空へと向けていた。考え込んでいるようだ。
「いヤ、待て。これをこうしテ」
少しの間の沈黙。
しかし背後にいるマリアがナナシが何かをしたことを示すように、動揺を顕わにした。
「あ、あり得ない!」
突然大声を出したマリアに注目が集まる。
マリアは震える声で言った。
「それは第三階位の『
「確かに『
ナナシが何気なしに言った内容にマリアは絶句する。カタリナも同じ思いだった。
魔法の階位は数字が大きくなるほどに必要魔力が多くなると同時に効力も強くなる。従って対抗魔法も高位の物にする必要がある。下の階位の魔法で防ごうとすれば多くの魔力を注ぎ込む必要がある。
どれほどの魔力差があれば三階位上の魔法を無効化出来るのか。マリアは魔力量だけなら金級とも引けを取らないからこそ、賢者と称えられているのだ。そんな彼女の魔力が霞むほどの魔力だった。
カタリナは金級か、それ以上の実力者と警戒する。そしてそれほどの実力者がこれまで名を聞かなかったことへの疑問も浮かんだ。
『
カタリナたちの動揺をよそに、ナナシは言う。
「だが、嘘感知魔法があった方が話は楽カ。マリア殿、もう一度掛けてくれないカ」
交渉においては不利になるような内容を受け入れることにまた驚きを覚える。
マリアは賢者としての誇りを踏み躙られて消沈した様子で言われた通りに杖を振るった。
「……使いました」
「そうカ。では本題といこウ。何が欲しイ」
本題。
それはカタリナたちの悲願だ。一つ息を吐くと、ナナシを見つめる。
「こちらの要求はオラトルの秘薬よ。もし貰えるなら、金貨1000枚は出すし、要求も出来ることなら飲み込むつもり。もし恩を売ってくれたら、私は金級冒険者だから期待できると思うわ」
「義弟のために必要らしいナ。
一つ疑問なのだが、義弟にそれだけの価値があるのカ? それだけの金を払ったとして、取り返せるとでも思っているのカ?」
カタリナたちの事情は有名であるし、ユリアから連絡を取ったためこちらの要望も予測出来ていたのだろう。
尋ねてきた言葉に、
「血が繋がってあろうとなかろうと、大金を費やそうと関係ない。ユウくんは私たちの大切な家族よ。貴方だって大切な相手はいるでしょう。その人が重い病気に罹ったら何がなんでも治そうとするはずよ」
「ふム。まあ、分からなくもなイ。だがどれだけ貴重であるか分かっているはずダ。渡すには一つ依頼をこなしてもらう必要があル」
ナナシは考えることもなく条件を出してきた。前もって交渉内容も用意されていたようだ。
続けてナナシは話す。
「そして前もって言っておくが、この依頼はカタリナ殿に対してのものではなイ。マリア殿に対してのものダ」
「待って! 私にできることなら何でもするわ。マリアを巻き込まないで」
「カタリナ殿では無理だから言っているのダ。それに話を聞かずに判断するのは早計だと思うゾ」
「……その条件とは何でしょうか」
消沈していたマリアが視線を向けて尋ねる。
カタリナはまだ不満げだが、マリアが袖口を掴んで抑えたのと、ナナシの言葉に納得したことで押し黙った。
「その前に一つ確認ダ。マリア、お前は10歳で合っているカ」
「……はい」
「ならば問題なイ。
まずは前提条件として、二年後にシュワ王国帝都学院へと入学しロ。平民枠は六つしかないが、賢者と称えられるマリア殿なら容易いはずダ」
「もし試験に落ちてしまったら?」
「この話は無かったことになル」
「入学できたとして、何をすればいいのですか?」
「依頼は一つ。キャロン・アスタロトを懐柔しロ」
それにマリアは考え込む、
キャロン・アスタロト。初めて聞く名だが家名からして三大貴族のアスタロト家の娘だろう。大貴族を敵に回す可能性はあるが、それは立ち回り次第のはず。
依頼を受ければ12から16までの間を学院で過ごすことになるのだろう。
だが、悪い話ではない。
冒険者として三年活動し、頂点とも言える金級冒険者へと手を掛けたが、オラトルの秘薬に関する手がかりは見つかっていない。試算して必要な資産も今までの十倍は必要だと感じていた。三年で蓄えた財産の十倍である。レベルが上がり効率が良くなったことを考慮しても二十年はかかるだろう。それにこのまま冒険者を続けると言うことは命を危険に晒し続けると言うことでもある。達成できるより道半ばで死ぬほうがあり得る。
依頼を受ける方が冒険者をこのまま続けて不透明な可能性に賭けるよりも十分な勝算はある。もしこの契約が不履行となっても、大貴族とのパイプを作ることができれば芽を残すことも出来る。
それにマリアは元々学院へ興味はあった。この国最高の教育機関なら賢者とされる自分の能力をさらに高めることができるはずだと。
考え込んでいるマリアの前で黙っていたカタリナが口を開く。
「何をさせるつもりなの」
「別に悪意があるわけでは……いや、悪意はあるナ」
「……それにマリアに加担させるつもり?」
「だとしても、マリア殿が罪を犯すようなことにはならないと誓おウ。別にやることをやってくれたら学院生活を楽しんでもらって構わなイ。
さあ、こちらが本気でオラトルの秘薬を渡すつもりだと言うことは伝わっただろう。お前たちは愛する義弟よりも見ず知らずの女を優先するのか」
ナナシが選択を迫る。
視線がマリアに集まる。顔を歪めていたが、今度はカタリナが遮ることはなかった。
「……分かりました。受けます」
ナナシは頷いた。
「そうか、良かっタ。
では前金としてこれを渡そウ。オラトルの秘薬の五分の一ダ。これで効果があることはユリアで試しタ。そして学院で一年過ごすごとにオラトルの秘薬の五分の一を渡そウ。結果として、卒業する時に義弟の呪いは解かれることになるだろウ。いや、三回目くらいで日常生活は支障なく行えるようになるかもナ」
無造作に投げ渡された小瓶を慌ててカタリナが受け取る。紅い薬液が瓶の中で跳ねたが落とすことはなかった。
「ちょっと! 危ないわ」
カタリナの抗議が最後だった。
こうして、マリアは二年後、シュワ王国帝都学院へと平民枠で入学するために試験を受けることになった。
もし悪事に加担させられることになろうとも、家族を救うためには、仕方のないことだと自分に言い聞かせて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます