12 魔石



 後宮での日々はリリーが楽しませようと色々持ってきてくれるが、申し訳ないが退屈だ。

 それが顕著になったのは外の世界を知ってからだろう。

 経験値ゴーレムを操作して外で冒険をしていると、冒険者にでもなって無双している自分の姿が想像できる。

 C-7のお陰で擬似的に冒険者生活は遅れているがノーカンだ。あれは夜にしか動けないやらコミュニケーションを真面にとれないやら制限が多い。あれで仲間と絆を深めて目眩く大冒険なんて発展し得ないだろう。

 ともかく外の世界は素晴らしく、後宮に戻りたくなくなる。力を思いっきり使う開放感に魔物を倒す達成感。さらに大自然の空気に緊迫感は後宮では味わえない。


 そんな感じに毎日経験値ゴーレムを操作して外の世界を楽しんでいると、一つの疑問が湧いて出た。


 経験値ゴーレムが強くなっていないか?


 M型で呪言の森では最下層のはずのゴブリンが上位種のオークを縊り殺していた時に気付いた事実だ。

 ここで違和感を覚えた俺は、新たにM-68のゴブリン型を産み出し、古参であるM-8の同じゴブリン型と試合させてみた。

 想像通りであれば、同じ素体であるため接戦となるはず。ただし、M-68は自立思考が育っていないのでやや不利か……という予想は一瞬で覆された。

 まさかのM-8の瞬殺。

 ここまでくると察してはいたが、自立思考の育ちの差が原因でないことを確かめるために腕相撲で勝負させてみた。腕力のみの単純な勝負。

 結果は、M-8の勝利。


 この検証から肉体的にも強化されていることが明らかになった。他にも検証してみたが、同じ素体であれば数字の小さい方が強かった。

 結論を言えば、戦闘を積むことで経験値ゴーレムが強くなっている。


 これまで気づかなかったのは俺が阿呆だったわけではないはずだ。

 別に魔物を狩る効率が良くなったのも自立思考の成長と思っていたし、生物強度が上昇したのなんて運用方法を変えなければそうそう気づかない。

 それに大体操ってたのはC型だったわけで、スペックが元から高い上に最初から個体差があったし、能力の限界値が俺より大分高かったので比較できなかった。


 というか常識として、ゴーレムは成長することがないはずなのだ。魔物を倒すことはできても強さが変化しないことは長年の不変の事実だ。


 何故なら意思がないから。

 魔物は、例えスケルトンのように死んでいても人や魔物の命を奪うことで強くなる。これは希薄ではあったとしても意思があるからとされている。

 このようにレベルアップ、存在強化は知恵あるものに与えられた特権だ。


 これに照らし合わせて考えてみると。

 もしかして術式として搭載した自立思考が上手く作用でもしたのだろうか。

 考えてみれば魔石もあり肉体もあり自分で動ける。これは魔物と何も変わらない。

 そして戦い学び効率化を求める。それも思考していると考えることができなくもない。


 予想が合っていると、画期的な術式であるように思う。

 努力の結晶が奪われてしまっては損した気持ちになるので、一応冒険者や魔物に狩られたM型のゴーレムの魔石の術式は自壊するように設定したが、相手によっては自壊させられないかもしれない。術式を盗まれないためにも、もっとセキュリティを高めることにしよう。


 ◻︎


「きな臭いな」


 テーブルでそんなことを呟いたのはウェルフィンという銀級冒険者だった。


 つい最近。

 彼は異様に強いゴブリンと呪言の森で戦闘に陥った。

 最終的にはなんとか勝つことが出来たが、その実力は彼らに匹敵する程であった。

 だが、本来ゴブリンは鉄級、強くても銅級の強さ程度しか持っていないはずだ。

 対して、ウェルフィンのパーティーは銀級である。鉄級を新人冒険者、銅級を中堅冒険者とするなら、銀級は熟練冒険者の域だ。

 どう転んでも、ゴブリン如きに苦戦するはずがないのだ。それを考慮すると、ゴブリンの中でも紛うことなき異常個体であった。

 勝利したウェルフィンは魔石を持ち帰って換金してもらおうとした。だが前例にない魔石は値がつけられない。普通のゴブリンの魔石と同じ値段で売ることもできたのだが、強敵だったわけで彼らの感情的に受け入れられなかった。

 そして扱い倦ねていたところで、これまでにない珍しい魔石ということで研究者に買い取られたのだ。


 そしてそれから十日後。

 冒険者ギルドを通して研究者から彼らに呼び出しがかかり、態々冒険者ギルドに呼び出されたのだ。

 椅子の上で酒を飲みながら呼び出されるのを待つ。


 考えているのはゴブリンに関することだ。いや、それだけではない。最近街がきな臭いのだ。抗争があったようで組織の小間使いが走り回っているとか。

 どうもこの前街に帰ってきてから輪にかけて厄介ごとが多い。


 壊滅したジャズル組合とか復活した元銀級冒険者とか気になる話題が耳につく。前科持ちと思われる新人冒険者の話なんてのも。


(ジャズル組合と元銀級冒険者に何か関係でもあるのか? 魔人でも潜んでやがるのか。情報屋のところでも行って聞いてみるか)


「よぅウェルフィン。どうしたそんな辛気臭い顔をしてよ」

「ヴォーダン」


 一人座っていたテーブルの向かいに彼と同じく銀級冒険者のヴォーダンが腰掛けた。


「悩みがあるなら俺が聞いてやるぜ。嫌なことでもあったのか」

「悩んででもいるように見えたのか」


 ヴォーダンの言葉に苦笑する。確かに一人で飲むなんてことはあまりないし、考えていることがことだったので暗い表情になっていたのかもしれない。

 実際は今日は一人で十分と思ったから一人で来ただけで、時間を潰すために飲んでいたのでヴォーダンの考えるようなことではない。


「話すようなことは特にねえな。お前はどうなんだ。いつもギルドにいるようだが、暇してんのか」

「くくっ、俺は前に銀肢鳥を狩ったからな。金には余裕があるのよ」

「そうか」


 銀肢鳥はレアな魔物で実入りもいいため、狩れたら幸運とされている。

 人の自慢話を聞くのも楽しくないので話題を逸らす。


「そういや最近有望なやつが入ってきたらしいな。確か、ナナシとかいう──」


 その後、ヴォーダンと会話して過ごし、酒が僅かになった頃職員から名前を呼ばれた。

 ヴォーダンと別れたウェルフィンはギルド内の応接室へと入った。

 そこには老人がソファに座っていた。老人の頭頂部は禿げて、周りに白い髪と胸元まで伸びた白い髭を蓄えていた。


「シュワ王国帝都学院の教授です」


 職員がウェルフィンに耳打ちした。だがぴんとは来ない。職員の態度から高い立場なのだろうと考えた。


「君があの魔石を持ち込んだ冒険者かね」

「はあ。そうっすね」


 ウェルフィンの抜けた返事に、老人はふむ、と顎をしゃくり座ることを促した。

 対面するように座った後、ウェルフィンは疑問を口にした。


「あの。何か問題でもあったんすかね。問題あったとしても俺はいつも通り魔物の魔石を持ち込んだだけで文句を言われる謂れはないと思うんすが」

「いや、そうではない。逆だ。恐らく、あの魔石は君の考える以上に価値のあるものだ。

 故に儂はその魔物と戦った場所、強さ、外見、素材といったあらゆるものを君に提供してもらいたいと考えている。勿論、相応の報酬は出そう」


 問題があったわけではないようでウェルフィンは安堵の吐息を吐く。

 そして報酬という言葉に目を輝かせた。前回の魔物狩りでは実入りが少なく、ゴブリンの異常個体という詐欺のような存在に遭遇したのだ。割を食った気分だったのでそれが晴れる思いだった。


「それは別に構わないんすが……あの魔石はどんなものだったんすかね」


 好奇心から尋ねられた言葉に老人は、


「研究は機密故に教えることはできない。だが有用なものだったとは言っておこう」


 と返した。


 ◻︎


 酒場に二人の客がやって来た。

 店主のザイルは薄目で入り口を見やる。

 これまた珍客だった。

 一人は街で新進気鋭の金級冒険者であり『黎水の氷姫』と称されるカタリナ。もう一人は、その妹であり最年少銀級冒険者のマリアだった。

 いくらでも高級な店に行ける彼女らがただ飲みに来たなんてことはありえないだろう。そもそもマリアの歳はまだ10だったはず。

 用心棒が警戒するが、戦闘になっては勝ち目は薄いだろう。しかしそれは金級冒険者の立場を危うくするものであり、彼女は対話を求めている。ならば大事になる可能性は低い。

 そんなことを考えながらもザイルは口を開く。


「注文は」

「情報が欲しいわ」


 カタリナは真正面に座るや否や高圧的に尋ねる。仕事柄こういう輩を扱うのには慣れているので腹を立てることもない。


「ユリアって銀級冒険者について教えて」

「……金貨20枚だ」


 以前ナナシに売った時と比べて高いのは、オラトルの呪いが解けたことで価値が高くなっているからだった。

 またジャズル組合を壊滅させたのもユリアであるという情報も得ており、狂犬じみた彼女の現在を考えると安全を鑑みるならば売りたくないというのが本音だった。しかしここで話すという判断をしたのは金級冒険者への忖度だった。

 だが、次の言葉には眉を顰めた。


「それと、どうやって呪いを解いたがどうかも。一体誰が呪いを解いたの」


 誰がオラトルの呪いを解いたのか。それについては予測できている。酒場に足を運んだ時期からして十中八九ナナシだろう。

 しかしそれを教えるというのはナナシの勘気を買う恐れがある。

 喧嘩を売る相手を間違えない。それが規則ルールであり、金も命には変えられない。

 故にザイルの応えは決まっていた。


「知らんな」

「お姉ちゃん。そいつ嘘ついている」


 視線を向けると、マリアが厳しい視線を向けていた。

 マリアの通り名は最年少銀級冒険者にして賢者である。周囲の助けもあるとはいえまだ成長しきっていない身体だというのに魔法によって一線級の実力を持ち、カタリナ同様才に溢れた天才。

 彼女の言葉からして嘘感知魔法だろう。存在するとはいえ難易度は高い魔法だ。それをザイルに使ったのか。


(面倒だな)


 それがザイルの偽らざる思い。


「私たちに嘘は通用しないわ。さあ、知っていることを吐いて頂戴」


 カタリナが勝ち誇ったような顔をして聞いてくる。

 その顔に浮かんだ笑みは自分に主導権があるように思っているようでひどく憎々しい。

 それを頭の隅に追いやりザイルは考える。話すべきか黙るべきか。


(いや、考えるまでもない、な)


 ナナシは金級冒険者でも直せない呪いを癒したのだ。金級以上の実力、大貴族にお抱えになるほどの力を持っている可能性はある。

 偶然オラトルの呪いを癒す簡単な薬の作り方を発見したのかもしれないが、だとしてもユリアは四肢欠損していたはずだ。それを治せる霊薬エリクサーを所持できるということを考慮すると、金級の実力は硬いと考えていた。


「知っていたとしても教えることはできないな。知りたいならば小細工せず、ユリアに尋ねればいいだろう。それともそいつを襲って尋問しようとでも考えていたのか」


 その言葉にカタリナは顔を赤くした。


「そんなつもりないわよ! 私は今も苦しんでるユウくんを助けたいだけ!」


 ユウくんとは現在オラトルの呪いに掛かっている彼女の義弟だろう。

 聞くところ情が深いようであるが、そんな事情など知ったこっちゃないというのがザイルの本音だ。同情で気を引こうとでもしたのだろうか。

 そう思いながら口を開く。


「どんな事情があったとしても、俺は売ることは出来ない。この言葉が事実であるのは、そこの賢者の魔法で分かるはずだ。ここでまだ粘るようであれば、ユリアの情報を売ることも拒否させてもらおう」


 カタリナはちらりと横目でマリアを見つめる。

 それにマリアは頷くことで返した。これでザイルが本気ということが伝わっただろう。


 カタリナは不平不満を押し込んだ表情で言った。


「分かったわ。ユリアに関することだけでも教えて」

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