11 復讐





 ナナシもといC-7を街に侵入させることに成功し、冒険者になることが出来た。

 しかしC-7を実際に操作出来るようになるのは夜中であり、それ以外は自立思考で動くことになってしまうのでその間会話もできず、逃げることしかできない。よってC-7を実際に運用するのは夜に限定した。昼の間は宿を借りて宿の中で待機しておくように命令することにした。


 街にいる間に本来の目的であるオラトルの呪い持ちのユリアという女と交渉した。まあ、こっちはオラトルの秘薬持ちという立場だったので、大分足元を見らせてもらった。具体的には呪いを治した後は絶対服従という契約だ。口約束であるし、呪いを解くという弱みにつけ込んでいる形でもあるので効力があるか分からない。が、達磨だったのでそれも治すというサービスをしたのだから恩を感じておいて欲しい。


 その後は治療をしたわけだが、心配とは裏腹にオラトルの秘薬はちゃんと出来ていたみたいだった。そうして治ったユリアは街の中へ戻して金級冒険者であるカタリナとの窓口にした。

 またジャズル組合に目をつけられているとのことだが、自分で対処するとのこと。手助けはいらないとのことだが、危険を感じたら頼るようには伝えておいた。


 まあ、C-7のことはこれくらいでいいか。

 今は折角リリーと菓子を嗜んでいるんだ。こんな機会に他のことを考えるなんて勿体無い。

 そういえば別れに向けて何か贈り物がしたいと考えていた。まだ二年あるとはいえ、早めに準備しておくに越したことはない。

 ということで実際に聞いてみた。


「リリー、欲しいものはあるか」

「欲しいものですか。えーと、化粧品、スイーツ、駿馬、名剣、新しい洋服……といったところですか。でも何でいきなり?」

「いや、学院に入る頃には俺はリリーと離れることになるからな。これまでのお返しになるかはわからないが何かあげようと思ってるんだが」


 今リリーが挙げた中で簡単に用意できそうなのは化粧品にスイーツに洋服か。

 俺の味を出すなら錬金術で作ることになる化粧品だが、臨床実験もままならない現状では害あるものを渡してしまってはという心配がある。

 若返りの秘薬なら効果は保証されているが、自分も飲んだことがないものをリリーに飲ませると云うのは躊躇われる。

 個人的には形の残るものを渡したいと云う気持ちもある。だとすれば選択肢にはないが首飾りだろうか。魔道具の性能を持たせた首飾りなんてのもいいかもしれない。


「別に贈り物なんて……そんなこと気にしなくていいですよ。私が好きでやっていただけですから」

「うーん、そうか」

「そうですよ」

「でも単に感謝の気持ちとして俺が渡したいだけだからな」


 個人的な感情だ。リリーが辺境に帰って仕舞えば疎遠になることは目に見えて分かっている。繋がりを残しておきたい。


「何かくれるなら頂きますが、深く考えなくていいですよ。私はヴィン様がくれるものだったらなんでも嬉しいですよ」

「なんでもか。でも贈り物なら気持ちの伝わるものの方が嬉しいだろ」

「それはそうですが」


 ふむ。

 まあ時間はまだ腐るほどある。

 それまでに纏めておこう。


 ◻︎


 お飾りであるが、俺も一応は第二王子という立場がある。

 その立場は外から見れば大層魅力的に映るようで、普通に過ごしているだけでも俺に諸侯貴族から面会の申し込みが入ることがある。

 俺の実情は察するところであるので、申し込んでくるのはそれすら見抜けない間抜け貴族か、他の王子との関係を築けず、思い余った末であることが多い。

 男爵以下の貴族の場合は、俺は気に入った魔物の素材を献上した時のみ面会に応じることにしている。そうでもしないと四六時中拘束されるし、王族が家格が低い貴族に態々会うなど、自分の位を下げる行為であるからだ。

 それでも大体が木っ端貴族であり関わっても旨みがないが、以前C-1を作るための魔物の素材を集めるのに利用したこともある。

 もう自給自足できる身となった今では必要ないが、下手に勘繰られるのも面倒なので継続して行っていた。


 面会室で椅子に座ると、背後にリリーが控える。

 そして、扉が開いて今回面会を申し込んだハミル・レウが入ってくる。痩せぎすの老人で、長い髪が目を隠していた。


「楽にしろ」


 偉そうな言葉を使うのはこんな場だけだ。後宮では使うどころか使われる立場だからな。

 ハミルは俺の対面に座ると、頭を下げた。


「お目通りにかかれて恐悦至極にございます第二王子様」

「そんな畏まらなくていい。さて、『疾風蜥蜴』の献上に感謝している。討伐推奨レベルは50、熟練の冒険者でなければ難しいだろう」

「お褒めいただき嬉しく存じます」

「その見返りとして俺に何を求める?」

「一つ提言を」


 実利ではなく提言を求めるか。


 今まで同じようなものはいたが、それは大まかに二つに分けられる。

 自分なら第二王子を操れると思い込んだ軍師気取りのものと、他の派閥の手のものだ。

 それについては中身を聞いてみなければわからないが。


「言ってみろ」

「はっ。

 恐れながら、ヴィン様は大変お厳しい立場におられるように感じております。後宮では肩身の狭い生活をなされ、パウル様からは蛇蝎の如く嫌われております。このままパウル様が王位に浸かれるようなことがあれば、近いうちに処刑されてしまうでしょう。

 しかし私たちもあのような暗君を王にしていいものかと憂慮しております。パウル様が王位に就くと云うのはシュワ王国が避けねばならない未来であると考えております。

 ヴィン様は平民出であり、万が一にも王位は望めぬ立場であります。とはいえ、在り方を選ぶ権利はあります。

 このまま、パウル様に良いように扱われるには惜しい。

 如何でしょうか。第三王子であるイデア様に与するというのは。

 パウル様がヴィン様を嫌っているのは周知のことでございますが、イデア様はヴィン様に好感を持っておられます。イデア様は決してヴィン様を悪いようには扱わないでしょう。

 決心してくだされば私もイデア様にヴィン様のことを紹介した後、家を挙げて後援いたします」


 バッサリと箱入り王子に現実を突きつけるような物言いをする。

 後ろに立っているリリーが怒りの表情を浮かべているのが分かる。


 てか暗君って……

 俺が告げ口しないと思ってるのかめちゃくちゃ言うな。


 まあそれはいいといして当然返事はNOだ。曖昧に濁す必要もないし、変に曖昧にしては都合のいいように情報操作される可能性もある。

 第三王子より正妻の方が関わり合うことが多い現状正妻に反抗の意を示すことは避けなければならない。最低でも学院に入るまでは。


 話を聞く限りでは、ほぼ間違いなく第三王子の手のものだな。

 というか、後宮内の情報を知っている時点で怪しすぎる。情報は正妻が封鎖しているはずなのに得ている時点で伝手があるのか後宮に忍ばせてる者がいるのか。

 こちらの現状を察知して取り込みに来たと云うことだろう。


 さてどう角を立てずに断るか。理由を考えながらも俺は口を開いた。


 ◻︎


「気味が悪いですわね」


 第二王子が第三王子の誘いを断ったことを手の者より聞いた正妻の言葉がこれだった。

 不思議そうな表情を浮かべた側近に、「失礼」と云うと一人になって考える。


 が違和感だったのだ。


 本来、年相応の思考であれば正妻を選ぶことなどあり得ない。これまで散々に嫌味を言ってきた自覚はあるし、自分が何をしてきたかなど気づいているだろう。王にはともかく第二王子には隠すつもりもなかった。

 敵愾心や反抗心は十分に育まれていたはずだ。

 ならば、甘い言葉で陣営に引き入れようとしてきた第三王子の誘いを受け入れない理由がない。


 結局身の安全を鑑みて正妻を選んだ? これまでの屈辱を表に出さず?


 誰かが入れ知恵をしたとしか考えられない。

 だが、リリーとかいう側女には無理だろう。リリーはこちらに向けて憤慨していたはず。

 となれば、自分で考えて決めたと云うことになる。

 元から第二王子は奇妙だった。こちらが如何に挑発しても、誘っても何も引っ掛かることはなかった。感情も見せず、あそこまで腹の内が見えない手合いは初めてだ。


 あれで十程度の子供? 中身が悪魔だったとしても驚きはすれど納得できる。


 だが、一度第二王子が打つ手がないという結論を出した以上、どんなに違和感を持とうとも、正妻は動くことはできない。

 やるべきことは他にもあるのだから。杞憂と一蹴されそうなことで実家の手を煩わせるようなことは出来なかった。


(何も間違っていないはずですわ)


 神経質になっているだけだと、今日も正妻は自分を納得させた。


 ◻︎


 路地裏を慌ただしく逃げる一人の男がいた。

 住人が興味深く視線を向けていたが、それに意識を向ける余裕はなかった。

 彼の頭にあったのは、追いかけてくるであろう一人の元銀級冒険者から逃げること。因縁ある奴の殺意から逃れることだった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 呼吸が耳朶を煩いほどに揺らす。

 距離は十分に取ったはずだった。足には疲労が蓄積し、休息を求めている。

 走るのを止めると、呼吸を整え始めた。


 男はジャズル組合という一つの裏組織のトップだった。騙して引き込んだ女を使って娼館を経営し、上納金も納め手堅くやっていたはずだった。

 しかしそれも今日までの話だった。

 それは以前攫った元銀級冒険者の女が突然消えたことで裏切り者を探している最中だった。

 はやってきた。元銀級冒険者であり、オラトルの呪いに侵されたはずのユリアが。

 彼女に何をしてきたかなど、ジャズル組合の一員であれば誰もが知っている。

 復讐に来たのだと理解し、返り討ちにしてやろうと組員が武器を手に立ち向かったところで血の雨が降った。オラトルの呪いで動けなかったはずの彼女は、見事な動きで元銀級冒険者たる所以を見せつけた。

 そうしてジャズル組合は一人の女に組織を壊滅させられたのだった。


 彼が生きているのは仲間を盾にしたからだ。最後にユリアの姿を見たのは、雇った護衛に足止めをされている姿だった。だがきっと護衛ももう死んでいるだろう。

 それから一目散に逃げ出し、今や街の中心街から遠く離れた場所の裏路地を人目を避けて歩いている。


 歩きながら街を離れる手段を探す。目をつけられた以上、この街ではやっていけない。

 隠し財産を回収してから早いとこ脱出しなければ。一度ユリアの目をくらました以上、見つけるのは難しいはずだ。顔を隠せば猶予は得られる。


 だが、そんな常識が通じないのが元銀級冒険者という称号だった。


「追いかけっこはもうお仕舞いですか」


 歩いていたはずの正面から覚えのある声が聞こえた。

 恐怖で皮膚が泡立つ。血の臭い、死の予感。

 振り払うように男は叫んだ。


「なんで治ってやがるんだユリア!」

「悪魔に魅入られましてね」


 オラトルの呪いにより奪われる未来だけだったはずの女がそこにいた。


 オラトルの呪い。そうだ、オラトルの呪いだ。

 あれは金級冒険者でも治せない呪いのはずだ。数ある呪いの中でも、最も解呪が難しい呪いのはずだった。


 だが、現実は五体満足で呪いを感じさせないユリアがいた。

 悪魔に魅入られたなんて言葉が真実味を帯びてしまうほどに突拍子もない現実だった。実際はどうあれ、その存在は間違いなく彼に取っての悪魔だった。


 彼の脳がこの状況からでも生き延びる手段を探す。


 しかし勝てるはずがなかった。


 銀級とは超人の証明である。

 命を天秤に掛けて戦った者達の中で一際才能があったものが到達できるランクである。


 彼は挫折した人間だった。産まれと金に恵まれなかった彼は、栄達を求めて冒険者になった過去があった。しかし、命のやり取り、痛みに耐えられず才能にも恵まれなかった彼は鉄級で冒険者を引退した。もしこの男に才能があったのなら、こんな後ろ暗い仕事に就いていなかっただろう。表で栄光を噛み締めていただろう。


 冒険者を引退しても銀級金級の華々しさは目に焼きついていた。

 憧れがあった。畏怖があった。


 だから陵辱した。


 快感だった。


 しかし恐怖があった。

 だから四肢を斬り落とした。


(ああ、そうか。俺は死ぬのか)


 己の所業を思い出して死が避けられないことも理解して。

 どこか納得した彼は首を落とす。


「……殺せ」


 潔い彼の姿に、ユリアはきょとん、と首を傾げた。


「んー。そう言われたら困りますね。もっと命乞いしてもらわないと。そうじゃないと、うふふ、そうじゃないと釣り合わないじゃないですか」


 ユリアの目は狂っていた。

 瞳の奥の瞳孔に見える深い闇。狂気が彼に向けられていた。

 運命を受け入れたはずの彼も失禁してしまうような闇だった。


「あっ、そうだ。これ分かります?」


 軽い調子で懐から取り出したのは耳だった。

 小さな、幼い、子供の耳。


 男の呼吸が荒くなる。心臓の音が苦しい。


「それ…どこで……」


 誰にも教えていないはずだった。

 平凡な市民を装い、立派な父親を装う彼のための箱庭。

 裏世界ではなく表で生きられたらなんて未練を叶えたその生活は、恋心を持っていた妻と一つの子宝に恵まれ、周囲も羨む夫婦円満だった。

 妻の親にも挨拶をして気に入られて、会った時にはいつも夫婦仲を気にしている。そんな居心地のいい空間だった。


 それを思い出すのは現実を受け入れたくないからだった。


 ユリアの手に持つ、愛しい一人息子の、耳。


「貴方の仲間を尋問したら分かりました。隠していたつもりみたいですが、普通にバレていましたよ。

 まあ当然ですね。頻繁に通っていたみたいですし、生業からして恨みを買いやすいですから尾行くらいされますよ。それに人は他人の幸不幸に敏感ですから」


 まだ血も固まらない耳を見て、男は平衡感覚が歪んだ。

 ユリアの言葉も遠くに聞こえた。

 自分が一番大切な宝物が壊されようとしている。

 頭を地面に擦り付け、懇願する。


「息子だけは! 家族だけは助けてくれ! 俺はどうなってもいい! だから頼む! 許してくれ!」


 路地裏に男の声が響く。

 遠くから隠れ見る人の影もあったが、それも考慮に入れず全てをかなぐり捨て男は叫んだ。


 ユリアは笑った。間違いなく、心からの笑みだった。


「ダメですよ。塵が普通の幸せを得ようとしたら。

 だから死ぬんです。貴方のせいで、罪もなき彼らが。貴方を苦しめるという目的でね」

「これまでのことは謝る! 隠し財産も全て渡す! 俺の知ってるこ、っ!」


 男には到底反応出来ない速度でユリアに頭を叩かれ、そのまま気絶した。

 男の目はもはや何も映さない。


「安心してください。殺しませんよ。

 貴方を殺すのは最後です。

 妻を殺し、子を殺し、親戚を殺し。

 大切なものが壊れた後、貴方を殺しましょう」


 男を持ち上げると、ユリアは路地裏から姿を消した。


 この日街から一つの裏組織が消失した。

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