9 C-7



 経験値ゴーレムを作ってから一年後。

 俺は10歳となった。


 後宮での日常に変化はない。同様に後宮内でも大きな出来事はなかった。

 ただ、第一王子のパウルは12歳となり学院に通い始め寮生活となったので、後宮内の生活は大分快適になった。夜中に盛る音で目が醒めることもなくなりぐっすりだ。今頃パウルは学院生活を謳歌しているのだろう。


 そして、生命線である経験値ゴーレムに関してはここ一年で大きく進展した。レベルも45となり冒険者で言えば銀級だ。

 今日も夜、パスを意識すると58本のパスが俺につながっていることがわかる。このパスは俺が作った中で稼働している経験値ゴーレムの数である。

 これらは後宮にある錬金部屋で作った物ではない。経験値ゴーレムが狩った魔物の素材で作った物だ。


 本来錬金術を使うことができるのは俺だけであり、錬金部屋へと素材を持ってこなければ経験値ゴーレムは作れないはずであったが、如何せん持ち込むには距離があり警護があった。

 売ることもできず、このまま魔物の素材を腐らせるかという問題を解決したのが『憑依』だった。

 『憑依』を行えば経験値ゴーレムの躯を自分の身のように動かすことができる。嬉しい誤算だったのだが、『憑依』した状態ならば経験値ゴーレムの躯でも錬金術を扱うことができた。魔力についてはパスを通じて魔力を共用していたので違和感なく錬金術を使うことも可能だった。そうして経験値ゴーレムの躯を使うことにより遠隔で新しい経験値ゴーレムを産み出したのだ。

 経験値ゴーレムの数が増えれば得られる魔物の素材の数も増えるしレベルを上げるのに必要な経験値の獲得量も増える。

 結果、経験値ゴーレムが狩った魔物の素材で新しい経験値ゴーレムを作るというプロセスが産み出されていた。

 とはいえ錬金術の環境を整えなければ何も出来ないわけで本格的に始動したのは半年ほど前なのだが。


 そして数も増えてきたので経験値ゴーレムは二種に区分した。

 一つは一号のように、強力な魔物の強みとなる部位を複合手術し、手間を惜しまず作り出したC型。

 もう一つは、魔物の死体に手を加えず、魔石に自立思考を付与して己に忠誠を誓うゴーレムとしたM型だ。

 厳選した素材で作り上げた複合complex型ゴーレムであることから前者をC型、素体をそのまま利用した量産可能である魔物monster型ゴーレムであることから後者をM型として区分した。


 現在C型がC-1~6までしかないのに対してM型はM-1~52まで存在している。

 なんせM型は手間がかからない。肉体の損傷の激しい部分を直した後、魔石に自立思考の術式を刻んでパスをつなげるだけで完成だ。質のC型、量のM型といったところである。


 しかしM型の弊害もありM-12のゴブリン素体とM-21のコボルト素体は冒険者や魔物に狩られてしまった。他は問題なく稼働しており、その穴埋めに新しいゴーレムを入れたので許容範囲ではあるが。

 最近ではレベルが上がるごとに必要な経験値も増えるはずであるがそれを感じさせないレベルの上がり方をしている。やはり数は力と云うべきか。


 ある程度の戦力とレベルは確保したので、人の街に潜入することもそろそろ視野に入れたい。


 というのも武器は魔物の使うものを再利用しているので刃毀れや錆が激しいということ。出来れば冒険者としての地位を手に入れたいこと。そして、肥やしになっている『オラトルの秘薬』を有効活用したいからだ。


 街に潜入するためにも、人に似たゴーレムを産み出すことにした。


 錬金術を使うにあたって、魔物の素材を一纏めにしている洞窟の隠れ家の中で俺はC-1の躯に『憑依』を使った。

 視界が薄暗いので『灯火ランプ』の魔法で辺りを照らす。

 魔物の素材は既に選別されている。前々からC-7のコンセプトは決まっていた。


 街に潜入することを考えると、野垂れ死にした冒険者の死体でも手に入れられればよかったが、冒険者の死体は魔物に食い尽くされてしまうため綺麗な状態で残っているものはなかった。だからと言ってこっちから冒険者を狙うというのは問題であるわけで。野盗ならまだセーフかもしれないが。

 それに人の身体を切り刻むという倫理観の問題もあるが……それは今更だろう。これまでもゴブリンといった人形の魔物を切り刻んできたわけで、大きな忌避感はない。


 素体に使うのはレッドキャップという魔物の死体だ。グールやゴブリンも候補に上がったが、前者は腐臭が酷いのと、後者は素体とするには弱すぎるということで候補から外れた。


 早速始めるか。

 まずは背筋の歪みを矯正し、猫背を無理やり一直線にする。途中背骨に罅も入ったがあらかじめ用意しておいたスケルトンの粉骨を使用し、錬金術による合成で背骨を補強すれば以前よりカルシウムの足りた背骨の出来上がりだ。これでも小男といった程度でしかないがこれ以上は手を加えられない。

 牙が全部尖頭歯であるため、会話する時にバレると危険なので牙を全て抜いてスケルトンの歯を移植する。声帯もグールのものを使うため喉を捌き入れ替える。グールは素体とするには腐臭が面倒だが、その部品は人と酷似しているため今回のような場合には重宝する。

 内蔵はまあこのままでいいか。ゴーレムとなった以上肉を喰らう必要も無くなるし魔力だけで動くため消化器官は機能しなくなる。この特性はゾンビといったアンデット系の魔物と同じであるが……こっちの分類はゴーレムということにしとこう。ただし腐り始めると臭いがきついので内臓に直接錬金術の付与で保存と防臭の魔法陣を書き込み、外の皮膚を覆い隠すように接着する。

 次に人としてはあり得ない鼻の高さと尖った耳であるが、聴覚はそのまま使いたいので放置で鼻を削ぎ落とし、代用品を探すも……特に見つからないな。

 そして肌の色だが……どうしようもないな。これこそ冒険者の死体を手に入れるくらいしか解決手段が見つからない。

 まあ普段は目出し帽で顔を隠させることにして中身を見られたら逃亡って形にするか。見た目がやばいことになるな。街の内部に入れるのか、入ってもやってけるのか心配になってきたぞ。とりあえず正規の門から入るのではなく夜中に潜入するのは確定だな。

 後は、レッドキャップの筋肉は精強ではあるが、オーガといった上位種に比べてしまうと一歩劣る。折角だから強化してみよう。

 まず、オーガの筋繊維を取り出す。そのまま付けても上手くいくはずがないので錬金術による性質変化を行い、浸透性、拒絶反応への抵抗を減らす。そしてレッドキャップの筋繊維へと合成してみると……上手くいった。これを全身の筋肉へと繰り返す。上肢帯筋、下肢帯筋、大腿筋、胸筋、足筋、背筋……完了。

 最後にここ最近狩った大物のデュラハンの魔石を埋め込み魔法陣を刻めば完成だ。


 そうして産み出されたのがC-7。人型ゴーレムだ。


 魔物から略奪した襤褸布の目出し帽を被り襤褸服を着て、小男程度の身長で、全身の皮膚を表に出さないように包帯で全身を覆っている。

 ……明らかに堅気ではない。明らかに不審者だ。裏社会の人間だ。

 が、仕方がない。今の俺の保有している素材だとこれが限界だ。


 色々手を加えたがこれでもC-1一号よりは楽だった方だ。なんせC-1は手探りだった上、素材が貴族に献上されたものであるため五体満足で揃っていることなんてほとんどなかったのだ。指の先まで一つ一つ丁寧に作ったのでその苦労と比べてしまえばまだ楽だ。


 なんか出来てから思ったが、ここまで顔も身体も肌も隠すのならばC-1を使ってもよかったかもしれない。作る前はここまで人に寄せられないと思っていなかったため仕方がないが。C-1は俺の持つ経験値ゴーレムの中で最も戦闘力があるので潜入用と魔物狩り用で役割分担できないわけではないしな。

 軽く試運転した後に、街に侵入させるとしよう。城壁はあるが、レッドキャップの身軽さなら乗り越えられるだろう。手間はかかったが、別に失敗して討伐されても構わない。また作れないわけではないのだ。


 俺は『憑依』でC-7の実際の使い心地を確かめることにした。


「亜亜亜亞亞阿阿荒挙ァァァアアアァァァァアアアアァァァァぁぁああああ。

 オハヨウ。コンバンハ。おやすミ。今後ともよろしク」


 訛りはあるが、発声機能は問題なしと。さて次は──


 ◻︎


 レベルが45にもなれば剣の授業もそこまで痛痒を感じなくなる。

 剣の教師はサディストであるとはいえ、こちらをレベル1だと思っているので殺さないように手加減している。

 手加減の程度も別にレベルが上がったことに対して変化はないので、こちらからすれば日に日に剣の授業が温くなっていく感覚だった。


 違和感でレベルが上がったことに感づかれては面倒なので、レベル1の演技は手を抜いていないが。


「おらぁ! ほらさっさと立ち上がれよ」

「ぐぅ……」


 教師が木刀で俺の胴を叩き、蹲った俺の頭部を踏みつけた。

 反撃も可能であるがここで手を出しては水の泡だ。


 俺は鼻を地面に押し付けることで無理やり鼻血を誘発する。


「おいおい、寝てれば見逃してくれるとでも思ってんのか」


 こっちの気も知らないで嗜虐的に笑う剣の教師。やはり鼻血は見栄えがするようだ。

 俺はふらふらと立ち上がると、木刀を構えようとするが、教師の木刀が俺の木刀を弾き飛ばした。そして、腹部に蹴りを入れられ身体がくの字に曲がる。そのまま受け身を取らずに倒れ、追撃を甘んじて受け入れる。今度は脇腹だ。ミシリと嫌な感触があった。

 過呼吸になった俺を教師がにやにやと観察しているのがわかった。

 子鹿のような足取りで立ち上がると、教師の剣が俺の鳩尾を強打した。


「まあこんなもんか」


 倒れ込む俺に満足したようで、去っていく姿を冷めた目で見送る。


 一貫して演技であったが、それでもレベルを上げたことがバレる様子はなかった。少しは気づきそうなものであるが、教師もレベリングによりレベルを上げた養殖型のため実践経験が足りないからだろう。俺からしたら間抜けすぎる。俺も同じような木偶の坊にならないためにも『憑依』を使って経験値ゴーレムの肉体を操作して擬似的に戦闘することで戦闘経験を補おうとしているが、実力が伴っているかは疑問だ。


「ヴィン様、大丈夫ですか」


 リリーが来て回復魔法で俺を癒してくれる。礼を言ってリリーの献身を受け取った。

 回復している途中、リリーが傷を見ながら呟いた。


「最近、傷が少なくなってますね」

「分かるか。こっそり受け身を取ってるんだ」

「なるほど、良いことです。ですが気づかれないように気をつけて下さいね。そのことがバレたら剣の鍛錬が更に厳しくなってしまいますよ」

「ああ、分かってる。気をつけることにする」


 傷の塞がった身体で俺は蔵書庫に向かって歩き出す。

 最近は地理や植物、魔物といった本を読んでいる。

 やはり経験値ゴーレムで擬似的に外を探索できるようになったのが大きい。得た知識が活かせるというのと、外の世界についての知識を得られるのは単純に楽しかった。

 地理も外を探索する上で重要となる要素だ。街に入れていない現状俺には地図といった方角や場所を確認する手段は持っていないわけだ。

 そして経験値ゴーレムを遠くへと冒険感覚で向かわせているものもあったが、方向感覚が掴めないため絶賛迷子中だ。まあ感覚でどの辺にいるのかは分かるので呼び寄せることはできるのだが。


 そういえば去年から習い始めた乗馬だが、これに関してはある程度乗れるようになったとリリーにお墨付きを貰った。最近は息抜きに偶に乗るくらいだ。馬にも愛着が湧いてきており、偶にブラッシングをしてやると目を細めて喜ぶ。


 学院に入るまで後二年。

 一応入学した時のプランは考えているが、どこまで上手くいくか。

 そして。


「リリーと一緒にいられるのも後二年か」


 リリーは俺が学院に入学すると同時に奉仕期間を終える。パウルはお気に入りの侍女を学院に連れて行ったようだが、俺の立場では厳しいだろう。

 リリーにはこれまで世話になった。

 リリーには肉親以上の繋がりを感じている。永遠の別れにするつもりはないとは云え、後悔は残したくないものだ。

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