7 錬金術
神と会ってから俺は自分を見つめ直した。
これまでを見返せば危機感が足りなかったように思える。
なんせ失敗したら虫に転生させられる身だ。あのショタ神は軽い口調で言っていたが慈悲など期待しないほうがいいだろう。あの感じだと釈明の余地なく虫にされる気がする。
身近の情報源であるリリーにキャロン・アスタロトについて尋ねたところ、アスタロト家の長女であり、社交の場にも出ているようで詳しい話を聞くことが出来た。
キャロンは前世の知識を活かしているようで、産まれて数ヶ月で言語を習得し、家庭教師であり帝都で名声を博する学識者からお墨付きを貰うなど、神童として名を広めているようだ。
魔力は産まれにしては少ないようだが、希少な光属性の使い手だ。更に幼少よりの鍛錬により熟達した技術で、優れた魔法使いとも互角に戦うことができるそうだ。武芸にも関心を持ち、家内の者から指南を受けているとか。
公爵家であるのでレベルも40は備えているだろう。大体公爵家のレベリングはそこらへんだ。
また外見についても、幼さが残る容貌は時と共に花披くように美しくなり、アスタロト家の当主である父親に目に入れても痛くないほど溺愛されているようだ。高名な画家を呼んでその成長を絵画に収めているとか。
まあ外見以上に運命の相手がいるという事実が興奮するような気も……ごほん。
才色兼備で産まれにも優れたアスタロト家の秘蔵っ子だった。
何も知らなかったら親馬鹿の脚色かギフテッドと考えるところだが、転生者というなら納得である。
というか俺も昔リリーから風評を聞いた覚えがある。世間話の最中軽く聞いただけだったので流してしまったがまさか転生者だったとは。
あらかた聞いた後リリーにキャロンについて新しいことがあったら伝えるように頼んだ。
特に男の好みとか、目をかけている平民がいないかとかを重点的にお願いした。
「ませてますね。パウル様みたいになったらダメですよ?」
なんて言われたが、保証はできない。
◻︎
さて。
世界が違えば法則も違い、魔法や魔物なんていうファンタジーチックなものが蔓延っている。同様に異世界といえばお馴染みの冒険者なんてものも存在したりする。
彼らは魔物を狩り、それを生業とするものたちだ。魔物を狩るだけが仕事ではないが主にはそれだ。
仕留めた魔物の素材は武具や食料、錬金術の材料と使い処が多く見返りは大きいのだが、魔物は強さの幅が大きいため毎年冒険者にも相当数の被害は出ている。
強さの見合わない魔物と冒険者が戦って消耗が酷くならないよう、冒険者を統括する冒険者ギルドは、魔物の強さに応じて依頼を巧く振り分けられるように冒険者の強さを分類している。
それが
大まかな目安であるが、鉄級はレベルが0~20、銅級は20~40、銀級は40以上という枠組みであり、金級は銀級の中でも特に
金級ともなると、評判を聞いた国や貴族に召し抱えられることも多々ある。冒険者の頂点という箔は実績で持って受け入れられていた。
新進気鋭の金級冒険者に、カタリナという女がいる。
冒険者になって僅か三年で金級に成り上がった立身者だ。
冒険者全体で見ても金級は数えるほどしかおらず、本来の金級は殆どが老練し実績を積み上げて到達することを考えると、並外れた才能と幸運に恵まれたのだろう。
更に『黎水の氷姫』と称される二つ名を持ち、その名に恥じぬ美貌を持っているとのこと。
直近の依頼成功率九割越えで、依頼達成数も一、二を争う。まさに冒険者ギルドのエースと言って異論ないだろう。
彼女のパーティーも金級を間近にした銀級であり、内でも目立つのは彼女の妹である。それは弱冠9歳でありながら戦力の一員として修羅場を潜り抜けた猛者だった。
ここまで目立つとスカウトも多いが、それを固辞し冒険者としての活動を続けている。
彼女が冒険者を続ける理由は周知のものだ。
彼女の義弟が不治の呪いに犯されているからだ。
その呪いはオラトルの呪いと呼ばれ、四肢の末端から徐々に動かせなくなるという症状がある。特徴的なのが、最終的には首下は全く動かせなくなるが、内臓や生理機能は生きているので身内による丁重な介護があれば命を繋ぐことができることだ。顔は動かせるので食事や会話は出来るが他は無力な身体となるので、家畜のような生き地獄を過ごすことになる。
食事も人の手を借りなければ出来ない、排泄は垂れ流し、死ぬことさえ許されない状況は人としての尊厳は皆無らしい。
そんな呪いに身内が掛かってしまったからカタリナは嫁に出ることも諦めて冒険者になった。貴族の誘いを断るのもそれが理由である。と、いうのが美談として流れてくる噂だ。
まあ不治の呪いといっても治す手段がないわけではない。ただし、その薬を作るのが王侯貴族でもなければ厳しいというのが不治の病と称される理由だった。
その薬は『オラトルの秘薬』と呼ばれている。
製造方法は開示されているが、その原材料に『若返りの秘薬』『
全てを集めて、失敗するかもしれない錬金術で薬を作るなど、王侯貴族並みの財力が無いと不可能だ。
纏めると、カタリナという金級冒険者でも手に入れることが厳しいのが『オラトルの秘薬』であり、それを用意することができれば恩を売ることができるだろう。
「仲間のいない俺にとってはいい機会だ」
俺は『泡の宮』の離れにある錬金術の為の部屋に向かう。
薄暗い部屋で照明の魔道具を起動して目当てのものを探す。
錬金術について説明すると、錬金術における錬成には性質変化、合成、付与の主に三つがある。
まず錬金術は素材、錬成陣、魔石より行われる。
大体は錬成陣の上に素材を置いて用途に応じて魔石を設置することで錬金術が発動する。これによって可能なのが性質変化と合成だ。
錬成陣が炉で魔石が燃料のイメージだ。魔石の内部の魔力を燃料に素材を作り替える。俺のレベルが低くとも魔石の魔力で代用出来るのが手を出した理由である。
錬成陣を作るには魔力を使う上、少しでもずれると効果も変わるため、錬成陣を作るときには型に嵌めて数日かけて刻むこともあるそうだ。
また素材にも必要に応じて手を加えることで生み出すものを変えることができる。従って錬金術によって何かを産み出すという試行は無限にあり、その全てを網羅することは現実的に不可能だ。だが、魔法書で有用な錬金術の素材と錬成陣の組み合わせや、錬金術による効果の高いと思われる錬成陣を見ることができる。
といっても、大概の錬金術では目的に応じて錬成陣を作る必要があり、更に錬成陣は数回使うと使い物にならなくなるので度々作り直す必要もある。また成功率というのもあり、失敗すれば劣化、もしくはゴミ同然ともなる。
他の使い方として、鎧などに効果をつけたい時、鎧自体に錬成陣を書き込むこともある。謂わば付与と呼ばれるもので硬化の効果をつけたりすることが可能であり、この時の錬成陣を魔法陣と言う。この魔法陣が擦り切れたりすると効果がなくなるので裏面や柄につけて攻撃を受けないようにするのが一般的らしい。
長々と説明したが、重要なのは魔力の少ない俺でも十分な効果が見込めたこと。そして錬成によってあらゆるものを産み出すことができるということだ。実用的であるかは別として、(試行は無限に増えるが)理論的には土から金属も作れるし、金属を土に変えることも出来る。
成功率や実際の純度といった品質は術師の才能やセンスに依存するようだが、大体は錬成回数が増えるほどに失敗率も増える。従って、理論的には可能とされていても難易度によっては錬成回数が増え、成功率が0に近づくため、水を土なんていう全く違う物質に変化させることはほぼ不可能と考えていい。
ちなみにショタ神のお陰か俺は失敗を経験したことがない。いや、失敗したのかもしれないが俺の知識は魔法書だけであり、実際の師がいる訳ではないのでどれが間違っているのか分からない。
この部屋には俺の錬金術師としての生涯の全てがある。
王族という立場を活かして手に入れた素材や産み出した成果は、経験値ゴーレムという形でこの部屋から旅立った。だが、過程で出来た副産物、手慰みに作り上げた錬金物はまだこの部屋に残っている。
そして我流ではあるが俺にそれなりの腕はあるだろう。
有名どころで云えば『若返りの秘薬』も『
俺は『若返りの秘薬』『
『若返りの秘薬』は言わずもがな、欠損すら回復させる『
それだけに価値を考えると少し手が震えるが、売ろうにも正妻に目を付けられることを恐れて死蔵していた物だ。今更惜しんだところで使い道がない。
「『錬金』」
そうしてひと財産にもなる貴重品から『オラトルの秘薬』なんていう一部の人物にしか興味がない伝説の薬が産み出された。
失敗したら苦労がパーになるところだったが、幸運なことに成功した。
それはまるで血のように紅い液体が試験管の中に在った。
正確にはまだ成功とは断言できない。
初めて作った薬である以上臨床試験は必須だ。この薬で治せますと言って効果なしなんてことになったら恨みを買ってしまう。
若返りの秘薬もエリクサーも蜥蜴を捕まえてきて実験したが、今回の薬はオラトルの呪いとかいう人でしか症状が見られない呪いだ。効果があるのかないのかを判別するためにはこれまでと違い人の協力者が必要だ。
となると、また商会を利用して……
いや、急ぐ必要はない。
カタリナの義弟はオラトルの呪いによって今も苦しんでいるのだろうし、この薬が完成しているのなら早く届けることができれば苦しみを和らげることができるだろうが、それを俺が考慮に入れる価値はない。
そもそもオラトルの呪いは命を蝕むものではない。
尊厳のない生活を送ることになるが、献身的に尽くしてくれる身内がいるならまだまだ持つだろう。
それにカタリナが善人でこちらの取引に応じてくれる保証もない。悪い噂は聞かないが、身内にだけ甘い性格という可能性もあるのだ。
こちらの準備が整ってから、改めて扱いを決めるとしよう。
そう決めると、紅い薬液の入った試験管を、棚の中へと仕舞った。
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