6 神との再会


 経験値ゴーレム一号が始動してから二十日経った。問題なく昼夜問わず魔物と戦ってくれている。

 現在のレベルは16なので、ほぼ毎日1レベルずつ上がっていることになる。そろそろ上がる速度が怪しくなってきたが、これまで全く進捗がなかったことを考えると十分」だろう。

 最近では剣の教師の動きが目で追えるようにもなってきた。まだ最低でもレベル差は40以上あるはずであるが反撃も出来そうだ。しかし目で追えるだけで勝機は到底見えないし、ここで才能をひけらかして違和感を持たれても面倒なのでこれまで通りサンドバックのままで過ごしている。最近では正妻から指示でもあったのか執拗に顔面を狙ってくるようになった。


 私生活での変化はあまりない。

 正妻は変わらず陰湿だし、行動範囲も広がっていない。

 錬金術については今は熱を入れていない。というか、何を作るかまだ考えついていない。まあ二号を作ればいいのだが、一号を作るために素材をほとんど使ってしまったので一から始めなければならず先は長い。


 リリーが俺のために実家から馬を取り寄せてくれたらしい。厩舎に行けば艶のいい鬣を鳴らしている姿を見ることができる。

 この世界の人間はレベルを上げれば馬より早く走ることができるようになるが、疲労もあるので楽をするために輸送や移動に使われている。

 万が一の逃亡のためには……役に立つ、かな。空いた時間を使ってリリーの指導のもと乗馬の訓練も行っている。

 リリーの実家にはお返しに手紙を送っておいた。辺境であるので数日後には届くだろう。

 

 そういえばパウルが剣の教師に手を出した……らしい。

 本人から自慢されただけなので詳しいことは知らないが、確か褐色で腹筋バキバキの高身長美女だったはずだ。

 美女を手篭めにしたことをわざわざ俺に報告するとは中々いい性格をしている。お陰で目論見通り俺の嫉妬がマッハだ。呪いが使えたらすぐにでもインポにしてやったのに。

 まあもう少ししたら顔を合わせることは無くなるだろう。あいつももうすぐ12歳だ。


 こうして経験値ゴーレムという一先ずの区切りがつき、燃え尽いたのか気力の減した日々を過ごしていた時、俺は思わぬ再会を果たした。


 ◻︎


 夢の中で俺は座っていた。いつぞ見たような真っ白な世界だった。

 夢だとすぐに分かった。

 なぜなら神がいたからだ。分類するなら邪神に区別されるであろうショタ神が。


 以前とは違い燕尾服を身に纏って片膝を立てていた。

 チグハグさからしてコスプレにしか見えない。言いたいことがあったはずだが、思わず口をついて出たのは服装に関することだった。


「なんですかその服」


 ……いや何を聞いてるんだ俺は。正直服なんかどうでも良くて、このショタ神に転生してからずっと疑問に思っていたことがあったわけで。


「地球から適当にパクった服だよ。似合ってるだろう。

 何がともあれ久しぶりだね、僕が送り出してから九年ぶりだ。異世界生活を謳歌してくれてるようで何よりだよ」

「はぁ……え、謳歌?」

「なんだ、テンション低いなぁ。聞きたいこととかあるんじゃないの?」

「はい、そうですね……」


 急すぎてすぐには出なかったが、不満だとかお願いだとか言いたいことは山ほどある。


「一体どうなってん……どうなっているんですか。王族って言っても継げる可能性ほとんど皆無ではないですか。詐欺じゃないですか」


 思わずタメ口になろうとしたのを押し留める。流石に神の機嫌を損ねる勇気はない。


「あはは。いや悪かったね。まあ、王族だから別に嘘はついてないんだけどね。ほら、継承権第二位だから一位を殺せば次の王は君だ」


 軽い口調でとんでもないことを言う。

 当然そんな単純な話ではない。殺すなんてどうやるのかって話だし、逆に殺される可能性の方が高い。殺せたとしても第三王子もいるし、平民出身である俺のことなんて貴族は認めないだろう。反乱も起きかねない。それならリリーと逃避行したほうがましだ。

 もし俺の現状を分かって言っているのなら相当なドSだ。


「わかってるよ、色々大変だよね。毒を飲んで寝込んでる姿見るのとかこっちまで冷や冷やしたよ。まあ、ごめんね?」


 ごめんで済む事態ではないと思うんだが。

 というか、申し訳ないと思ってるなら神の力でなんとかしてほしい。


「神の力で邪魔者を排除とかできないんですか?」

「無理。転生した時点で僕にできることはほぼない。せいぜいこんな感じで君と会話する程度だね」


 なんて使えな……げふんげふん。

 心を読まれている以上注意しても仕方ないが、失礼なことは出来る限り考えないように努めよう。

 それで……そうだ、これを聞かなきゃどうしようもない。


「寝取る女って誰なんですか。それを聞く前に俺送り出されましたよね」

「そう、それが本題だ。以前伝え忘れたのを思い出してね。ということで教えると、君のターゲットは『キャロン・アスタロト』。君も知っている通り、三大貴族のアスタロト家の娘だ。ぺったんだけど別嬪さんだから君も気に入ると思うよ」

「……すいません、アスタロト家って、パウルの野郎の後援の一つじゃないですか」


 想定していた中で最悪の結果だった。

 このシュワ王国の三大貴族、つまり公爵はタポリ家、アスタロト家、セイント家からなり、タポリ家とアスタロト家が第一王子を、セイント家が第三王子を擁立している。その下に侯爵やら伯爵もいるが大体はこの二つのどっちかに属している。ちなみにリリーの実家は伯爵であるが僻地にあり、平民出身である俺が浮いている状態だ。

 実家の政敵であることの影響を受けないはずがなく、間違いなく敵愾心あるに違いない。好感度マイナスからのスタートだ。更に言えば立場的にも俺と結ばれるのに壁がありすぎる。


「ほぼ芽が無くないですか」

「やる前から諦めないでよ。もう一つ補足すると、彼女は君と同い年だ。君の歳は9歳、そして後三年で12歳になる。そうすると思い当たるものがあるんじゃない?」


 12歳。それはこの国の貴族にとっては一つの義務を負うことになる。

 将来の国のための人材を育成する『シュワ王国帝都学院』へ通うことだ。


「同じ学院に通うことになりますね」


 例外はあるものの、貴族のほとんどは学院に12から16までの四年通うことになる。それは王族も例外ではなく、来年にはパウルも通うことになる。

 学院の中では身分に関係なく皆平等であるとされ、方針として学び競い切磋琢磨することを掲げているが、意図としては同じ年頃の貴族たちを集め人脈を作ることだ。

 確かに上手くいけばキャロンとやらとも関わることもできるだろうが、アスタロト家が第一王子派閥である以上本家が俺との仲を認めることはないだろうし、前世の恋仲という強力なライバルもいるはずだ。

 

「同じ学年で関わることが多いにしても、障害がありすぎませんか」

「恋愛に障害は付き物だよ。同じ年齢の異性が学舎で思春期を過ごす。そこに間違いが起こらないはずがない。燃えるような恋を見せてほしいね」

「ええっと、というか俺の立場って間男ですよね」


 そんな学園物みたいなテンションで言われてもな。

 転生する前に聞いた話では、前世で悲恋して転生してきた男女の仲を引き裂けっていう依頼だったはずだ。

 俺の役回りに思うところはないが、ラブコメみたいな展開を期待されても困る。


「まー君前世では陵辱ものが好きだったもんね」

「それは物語の世界だからいいわけで……現実でするつもりはなかったんですが」


 そもそも寝取りなんて俺の持つ性癖の一つに過ぎなかった。純愛も好きだし寝取りも好き。寝取られはダメだったが他は大体いける普通の男だった。

 普通の男……のはずなのになんでこんなことになっているんだろう。


「僕が見出したんだ、君には女たらしの才能がある。女なんて君のスペックにはイチコロさ。イイコトいっぱいして異世界生活をエンジョイしなよ。あ、でも失敗したら虫にしてやるから頑張ってね。今の所百足が第一候補だよ」


 スペック……ねぇ。その割には平民王子とか呼ばれてるんだが。

 こんな現状でも依頼を遂行しなければ罰は健在のようだった。遊んでいる節もあるし……酷い話だ。


「そういえばそのキャロンって俺みたいな感じの転生者なんですか?」

「君と同じで転生したって感じだね。君と違って真っ当な現地人だけど、死に際の想いが強すぎて記憶が残ってるようなもの。まあ僕じゃない他の神の肩入れも原因の一つだけどね」


 ショタ神の同格っぽい神もいるようだ。この世界の神のことを調べた時、このショタ神っぽい記述が見つからなかったので割と人気のない神なのかもしれない。

 てか神が肩入れしたらしいのに俺が勝手に寝取っていいのだろうか。


「それってその神に喧嘩売ることになりませんか」

「大丈夫だよ。僕と同じで地上にはほぼ手出しできないから」


 それ本当に大丈夫だろうか。生きているうちは無事でも、死んだ後怒って虫に転生させられたりしないだろうか。


「それも大丈夫。管轄外だから」


 ……信じるしかない。どちらにせよ、やらなかったらこのショタ神に虫にさせられる。


「それで、そのキャロンと前世で恋仲だった平民の男がいるんですよね。そいつは誰なんですか?」

「あー、男の方ね、寝取られる方。忘れてたわけじゃないよ。まーそっちはいいじゃない。君は目の前のことに集中しなよ」

「気になるんですが。誰なんですか?」

「ま、次会うときに言うよ、うん」


 いや、次会う時って言われてもそれなら今で良くないか。なにかあったのだろうか。


「次会えるのはいつなんですか?」

「いつだろうね。気が向いたら呼ぶよ。じゃーねー」


 突然の別れの挨拶に、以前ショタ神と会った時の既視感を覚える。

 手を振るショタ神を凝視めながら、俺の意識はいつかのように闇に沈んだ。


 ◻︎


 陽光の眩しさに俺は目覚めた。

 寝起きの頭でぼーっとしながら夢の内容を吟味する。

 えーっと、学院で機会が訪れるって感じか。キャロンは現地人の転生者、と。


 夢とはいえ神と会えるのは流石異世界といったところか。もしかしたら現代でもあったのかもしれない。

 ショタ神が邪神臭いということを除けば神託とも呼べる体験が出来た。神の声が聞こえると新興宗教を立ち上げるのには本物も混じっていたのかもしれない。


 漠然とした思考の中、自分の内に意識を向けると……お、またレベルが上がってる。

 とりあえず、キャロン・アスタロトについて詳しいことを聞いてみるか。


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