5 猶予


 一号を商会に預けた後。

 俺は魔法書を読むのもそこそこに夜食を済ませ、リリーに言って早めに寝床に着いた。

 寝室ではまだ早かったため眠気は一切なかったものの、元より寝る気など一ミリもなかった。

 布団の中で目を閉じ、自分の身体の魔力に集中する。それにより魔力がどこかに向かって繋がっていることがわかる。

 一号を野に放った俺であるが、一号と俺の間にはパスが繋がっている。

 辿ることで、俺が無防備になるという条件付きであるが、パスを通じて一号の様子を見ることができる。

 早速一号の様子を見てみると、一号は俺の設定した命令通り、剣を片手に魔物と戦っていた。相手は液体状の魔物で、これはきっとスライムだろう。

 俯瞰視点で戦っている一号を眺めるというイメージだ。


 どうやら商会は依頼通りの仕事をしてくれたようだった。

 商会に依頼して一号の入った箱を置いて行ってもらったのは『呪言の森』と呼ばれる場所だ。

 奥地にはレベル80相当の魔物もいるようだが、浅瀬はスライムのような弱い魔物しかおらず絶好の狩場となっている。代わりに冒険者と遭遇する可能性もあるが、その時は逃げることを優先するように設定してある。


 戦闘する姿を見るも、一号はまだやはり赤ん坊のようなものなのでぎこちない。


 しかし、使った素材がそこらの魔物とはスペックの違うものなので苦戦することなく魔物を斬り殺していた。

 もしスライムの酸を受けたとしても、肉体にダメージはなかっただろう。


 まだ激しい動きをしていないというのもあるが、魔力の消費は想定内だ。この現状なら枯渇することはないだろう。


 一号がスライムから魔石を取り出し、噛み砕くのが見える。

 すると魔石の魔力が一号に吸収され、飽和した魔力が俺に向かって流れ込む感触があった。

 最下級の魔石であるため魔力は微小だが、この調子なら魔力の消費量が供給量を上回ることはなさそうだ。つまり放っておいても魔力切れでガラクタになる可能性は低い。

 これは一安心だ。他のゴーレムを増やしたとしても問題はないだろう。


 想像以上の成果に喜んでいる俺の前で、一号はまた魔物を探しに動き始めた。


「GYAAAAA!」


 緑色の体の小人が雄叫びを上げて襲いかかってくるのを難なく斬り殺すのが見える。これは最弱と有名なゴブリンだろう。最弱と称されてはいるが、まだレベル上げを済ませていない子供がゴブリンによってなぶり殺しにされることも多々あるようだ。


 一号が狩りを続けているうちに、日も沈み辺りに夜の帳が下りる。

 夜であるが、夜魔烏と呼ばれる魔物の素材を使ったので夜目が効き、背後から奇襲をかける魔物を難なく撃退していた。


 魔物と遭遇する頻度はあまり高くない。この調子だと夜が明けるまでに六回遭遇すればいい方だろう。だがゴブリンは大抵三、四人で行動しているため一桁しか狩れないと言うことは少なそうだ。


 一号が問題なく動いているのを確認し、そろそろもう一つの機能を使うことにする。

 一号を背後から眺めているようになっている俺の視点を、一号と重ね合わせるイメージをする。すると、俯瞰視点から主観視点になった。

 これは『憑依』だ。

 先程までの状態では一号を眺めることしかできないが、『憑依』すれば自分で一号を動かすことができる。

 この機能を付けたのは、俺が実践経験を積むためというのと、外の世界を自分の足で探検してみたかったからだ。後宮からほとんど出たことがない俺にとってはいい観光気分だ。


 俺が『憑依』を使って歩いていると、すぐに違和感に気づく。

 匂いがせず、声が出ない。まあ俺がその機能を不要と考えてつけなかったのが原因なのだが、元の身体との違いで感覚が狂う。また素材が集まったら追加しておこう。

 だが悪いことばかりではなく、操作性はまるで自分の体を動かしているかのようだ。むしろ、自分の体よりも軽く、力も強い。

 錘から解放されたかのようだった。


 身体を馴染ませるように、剣を素振りする。

 剣は黒鉄と呼ばれる、頑丈なことだけが取り柄の鉱物を使った剣だ。一号の風体で街に剣を買いに行くことなど出来るはずがないので、長持ちすることを焦点に当てて用意した。

 俺の身体では持つのも一苦労だったが、一号の体だとまるで羽のように軽い。

 昂ってきたので魔物を斬るために散策することにした。


 そして飛びかかってきた一角兎を見事に両断する。一角兎だった肉塊がボトリと落ちた。

 思うように体が動く。毎日剣を振っていた効果はあるようだ。魔石を取り出し、噛み潰す。

 生き物を殺すことの忌避感は錬金術で魔物の死体を扱っていたからか無かった。グロいものには慣れ親しんでいたおかげだろう。


 その後、思うがままに一号を乗りこなした後、元の身体に戻った。

 外を見ると真っ暗闇だ。寝ていないため眠気も強い。

 欠伸を一つすると、意識を闇に沈めた。


 そして朝気づくと、レベルが2になっていた。

 あまり寝れておらず眠気もあったが、それ以上に安堵もあった。

 万が一一号が弱かったり機能不全を起こしたらなんていう不安が解消されたことと、一号が魔物を倒せば俺に経験値が入るということが確定したからだ。一般的なゴーレムとは大分異なる部分が多いため不具合が起きる可能性は十分にあった。


 これで一号が壊れない限りレベリングできるわけだが、壊れるかどうかは正直運だ。一般的な魔物を倒せる程度の強さはあると分かったが、実際にどこまで通用するかはわからない。運悪く強力な魔物、もしくは冒険者に壊されることも十分にあり得る。一応強敵からは逃げるよう設定してあるが、どこまで通用するだろうか。


「おはようございますヴィン様」


 そんなことを考えながら挨拶をしてきたリリーに応じたのだった。


 そしてその後。

 レベル2になったわけなので、早速違いを確かめるために木刀を素振りしてみる。

 うん。体の動きが断然違う。低燃費のエンジンを高燃費に変えたくらいの違いがあった。

 かと言って、いきなり高性能になった体に振り回されることもない。この世界におけるレベルの重要性がよくわかる。


 なんて夢中で木刀を振るっているうちに、気づけばレベル3になっていた。一号も頑張っているようだ。二号三号の構想を始めてもいいかもしれない。


 ◻︎


「エリー様、ご報告に参りました」


 第二王子であるヴィン・シュワが鍛錬しているのと同時刻。

 王の正妻であるエリー・タポリの元に侍女の一人が現れた。


「お待ちになって。今菓子を用意しますの」


 机に菓子と紅茶が置かれると、椅子に座った。それには正妻の側近たちも続いた。


 後宮は三つの棟からなるが、北棟は不在であり、東棟と西棟が今も主に使われている。

 西棟である『光の宮』には正妻であり、第一王子の母であるエリー・タポリが住む。

 東棟である『泡の宮』には愛妾であり、第二王子の母であるクレア・シュワが住む。

 互いの不仲は後宮内で有名であり、互いの宮に彼らが足を踏み入れることはない。とは言っても、後宮の侍女は好き勝手行き来している。


 後宮の侍女は貴族の家から奉公に出されているため、ほとんどが平民出身であるクレア・シュワを見下している。愛妾であるクレア・シュワの前で態度に出すことはしないが、裏では毒婦と蔑んでいた。

 後宮にいる侍女は皆エリー・タポリ派閥と言っても過言ではない。だから『泡の宮』に足を踏み入れる侍女はクレア・シュワを監視しているし、その情報はエリー・タポリに伝わっている。それは、王とクレア・シュワの営みさえ逐一耳に入れていた。


 実際に、今も正妻が侍女の報告を聞いていた。 


「あの毒婦が今日も陛下を連れこんだようです。そして裸体になると、二回も後ろから──」


 愛妾と王の交合を耳にした正妻の側近が憤る。


「後継はパウル様しかありませんのに、なんと忌々しい。いつになったら陛下は目を覚ましてくれるのでしょう。外面が良くても中身はゴブリンすら寄り付かない腐臭がしますのに」

「最もです。下民出の匹婦のくせに、自惚れも甚だしい。いくら着飾ったとしてもその内にあるものは下民と何も変わりません」

「以前も陛下の執務中に押しかけて迷惑をかけたというのに、なにも学んでいませんわね。彼女の存在は後宮の汚点ですわ」


 側近たちが口々に罵るのを、正妻は一人口出しせずに眺めていた。

 外で正妻たちがこのような下劣な言葉で陰口を言うことは決してない。当人たちだけという機密であるからこそ為される会議、高貴という外面が剥がされた姿だった。

 次第に話は盛り上がり矛先は第二王子へも向いた。


「毒婦の息子も、やはりその血を継いでいますね。いつもは本を読んでいる引き籠りですし、エリー様に無礼な態度をとる様子はやはり同類とのことでしょうか」

「それに引き換えパウル様はなんとも威風に満ちていらっしゃる。剣も魔法も堪能で勉学にも秀れているとか。

 ふふっ、それに男性的魅力も備えていると後宮内で噂されております」

「なんとも羨ましい話です。次期国王であるパウル様に目をかけられるなど、最高の喜びでしょうね。私も機会が欲しいものです」

「そういえばパウル様の教師のお方々も口々に褒めていらしたわ。三大貴族の血筋となれば文武両道も当然なのでしょう」


 側近達の話題は第一王子にまで及んだ。

 正妻は口元を隠し聞きに徹していたが、第二王子の話題になると、僅かに眉を顰めたことには誰も気づかなかった。

 会話は巡りちょっとした話題で姦しく茶会は進んだ。

 そして頃合いを見計らって正妻は注目を集めると、睥睨して言った。


「もう十分ですわ。私の言いたいことは全部あなたたちが言ってくれましたの。

 しかし愚者も最後は醜く足掻くものですわ。相手は追い詰められると何をしてくるかわかりません。これからも監視の目を緩めないようにお願いしますわ」

「畏まりました」


 食器を片付けると、茶会終わった。


 正妻は一人になると、息を吐いて目を瞑る。

 目の裏に浮かぶのは、疎ましい存在である一人の女だった。


 それでも元平民という身分に、正妻たる自分を敵に回したという事実。

 クレア・シュワに残る末路は破滅だ。


「愚かな女ですわ。分不相応にも求めなければ、身の程にあった生を送れたですのに」


 側近を追い出した部屋で一人呟く。

 第一王子が王位に就く。その道筋に、愛妾が影響を及ぼす余地は皆無だ。


 しかし、正妻の胸にはまだ違和感があった。

 それは愛妾であるクレア・シュワに対するものではない。彼女は所詮王の慈悲に縋るだけの小物だ。彼女が現状を把握し、未来を想起できる聡明さがあればすぐにでも自分に抗うための行動に移しているだろう。

 それが無かった時点でクレア・シュワに興味は無くしたし、実家であるタポリ家にも脅威にならないと報告した。


 ひっかかるのはその息子、ヴィン・シュワだった。

 後ろ盾も権力も自由すらも奪われた籠の中の鳥──であるはずなのに、何故か彼のことを考えてしまう。


(第二王子に取れる手段はないはずですわ。仲間は一人を除いておらず、レベルも上げさせなかった。錬金術とやらは陛下に直談判されたので見逃すしかありませんでしたが、それで私の脅威になるとか考えにくいですわ。

 やはり第二王子が王位につくことは万が一にもないはずですの。相打ちして候補がいなくなるなんて奇跡が起こらない限りは。

 これが第二王子の現状……見落としなんてないはずですわ)


 障害になるはずもないと考えるも、それでも正妻の胸からしこりが取れない。第二王子に対しここまで考えてしまうのは、僅かながらも交わした会話からのものだった。


(あの目……怒り、恐怖を含まない理知的な目。まだ子供のはずですのに……どこか現状を悟っているふちがありますわ。言葉遣いも柔和で、機嫌を伺っているようですのに、その割には誘いには乗りませんのね。自分の破滅が見えていれば、その後の扱いを良くするために媚を売るはずですの。

 ……徹底的に芽を潰すなら、リリーとかいう侍女に手を伸ばすのが一番効果的……ですわね)


 違和感に促されて、第二王子の唯一の味方であるリリー・タロットを懐柔する手段を考える。身の回りの世話に回復魔法と、第二王子を献身的に支える彼女が寝返れば影響は大きいはずだ。

 しかし、彼女の性格からして脅しや虐めに屈すると思えない。

 本気で懐柔しようと思えば、生家に手を伸ばす必要があるだろう。

 貴族というのは血筋を重視するため、如何に彼女が第二王子と懇意していたとて、家の決定に反することはできないはずだ。

 ただ彼女の生家は辺境であり、手を伸ばすにはコストがかかりすぎる。

 それに現状の最大の敵である第三王子を前にして、意味があるのかも分からないタロット家にリソースを費やすなど、正妻の本家は許してくれないだろう。

 そもそも客観的に見れば、第二王子が王位につく可能性は限りなく低い。


(深く考えすぎですわね。第二王子に万が一があるはずがありませんわ。少し視野が狭くなっていたようですの)


 結局懸念を持ちつつも、行動には移さなかった。

 理性的な判断だったが、それは第二王子に力を蓄える猶予を与えることになった。

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