4 経験値ゴーレム一号



 次の日。

 俺は木刀を片手に修練場に向かっていた。

 だが運が悪かったのだろう。

 途中、豪奢絢爛な衣裳を身に纏い、病的なまでの白い肌で整った顔立ちの美女に遭遇した。美女の胸は片手に収まらないほどにあるが、すらりとした体型を維持しており、仄かな薫香が鼻腔を刺激する。その背後には取り巻きが三人連れていた。

 彼女は俺を見ると、悠々とした足取りで近づいてきた。


「そこにいるのは平民王子ではないですか。木刀と言えど剣を持つ姿は似合いませんね、あなたのような平民王子は鍬でも持った方がお似合いですよ」


 小馬鹿にするような言葉が取り巻きの一人から発せられた。

 俺が返答する前に、


「事実であっても子供にそのようなことを言うものではありませんわ。

 ふふ、あの毒婦の血を引いているということを除けば、実は私はあなたのことを嫌いではありません。連れが失礼なことを言いましたね」


 と、謝罪してみせたのは王の正妻、エリー・タポリである。

 だが口だけの謝罪に違いない。本心であれば、村八分の俺を手助けしてもよいし、まして暗殺しようとしないはずである。

 しかしそれを指摘することはできない。立場の違いというものだ。


「いえいえ、彼女の仰ることは事実で、私には平民の血が流れています。あなた方がそのように考えるのも当然のことで、思うところはありません」

「そう言って貰えると嬉しいですわ。あなたは我が子のパウルの無二の友になると思っていますの。私としてもあなたとの仲を悪くする気はありません」


 正妻は口元を隠し何が楽しいのか笑う。目が笑っていないので社交辞令なのかもしれないが。

 正妻、つまりエリー・タポリの家名のタポリはこの国で絶対の権力を持つ三大貴族のうちの一つであることを示している。リリーの家と比べてしまえば格が違う。

 歳は五十を越えているはずであるが、手と財を尽くして若返りの秘薬や化粧品を買い求めているようで、若芽のようなうら若さを維持していた。病的なまでに白く、しみ一つない肌は化粧品によるものだろう。それでも母が未だ愛妾であるのは、本当の若さには敵わないと言うことなのかもしれない。


 取り巻きの一人が、憮然とした表情で、


「平民王子がパウル様の無二の友などと、釣り合いません。お考え直しを」

「確かに、普通ならあり得ません。ですが」


 正妻は俺を見つめる。


「あなたは立派ですわ。生まれに驕らず、意欲もあり、産まれながらの美貌を持っている。私もあなたのことを嫌いにはなれません。でも、人にはそれぞれ役割というものがあるものですの。あなたが悪くないとは言え、毒婦の血を引き、平民王子と蔑まれる。あなたよりパウルの方が王の器と思わなくて?」

「その通りですエリー様」

「仰る通りです」

「平民王子が王などと身の程知らずです」


 取り巻きが揃って賛同の意を示す。

 無言でいるとさらに正妻は続けた。


「悲しむことはないですわ、王の星の下に生まれなかっただけのこと。あなたに似合うのはパウルの股肱の友ですわ。あなたもそう思うでしょう?」


 と、俺に向けて尋ねる。

 王位継承権を捨てることを暗に要求しているのだろう。

 その選択肢は元からない。ショタ神の依頼のためにも必要であるし、現代では望み得なかった権力を手にいれる機会であるし、正妻に従っても事態が好転する保証はない。


「ありがたいお言葉ですが、私は王子として産まれたからにはそれ相応の義務があると考えています。当然パウル様に敵うと思ってはいませんが、微力ながら義務を果たそうと考えています」


 曖昧な言葉で誤魔化すことになった。

 それが正妻にも分かったのだろう。噛みつこうとする取り巻きを抑え、笑みを消す。


「そう、残念ですわ。もし心変わりして、私と仲良くするつもりがあるなら今夜にでも私の宮においでなさい。よくよく話せば分かり合えると思っていますの。でも、私を敵に回すとなれば三度目の病、もしくは──」


 衣裳の内側から短剣を取り出すと、僅かに抜き身を見せた。


「明くる朝、あなたの喉元にこれが突き刺さっているかもしれませんわ」


 一転して笑顔を見せる。


「それではご機嫌よう。時間を頂き感謝しますわ」


 背を向けて、取り巻きと共に去っていく姿を見送る。


 まあ、これが俺の現状だ。

 正妻が俺の命を狙っており、隠そうともしていない。王の耳に届かないようにはしているようでそちらも頼れない。

 そして俺は正妻の言葉が脅しではなく実際に行われることを知っている。もう二度も毒殺を経験しているし、やろうと思えば刺客を送り込むこともできるかもしれない。これまで行われなかったのはあくまで病死という形にしたいからだろう。


 なぜなら、俺より目をかける存在がいるからだ。

 継承争いには俺なんかより脅威となる人物がいる。三大貴族の息子である第三王子だ。

 第三王子も地盤を整えているようで、目下最大の敵は第三王子だろう。それと比べてしまえば、俺なんて片手間で相手できる敵に過ぎない。


 こんな中もし俺を暗殺できたとしても、刺客が後宮に入り込んだとなれば一大事であり、揉み消せない。それは第三王子に隙を見せたと同じである。

 だからなんとか俺は生きていれてるのだと思う。


 また、俺と同じ立場にあるはずの第三王子は三大貴族の血縁であり、母親共々そちらに寄子されているようだ。つまり後宮におらず、毒を盛られる可能性は低い。従って正妻の陰湿な攻撃を俺一人で受けることになってしまっている。

 俺もどっかに寄子されたいが、流石にリリーを頼ることもできない。


 1、2、3の中で一番のハズレを引いてしまったようだ。


 あーだるい。

 これから剣の授業だ。

 教師はゴリマッチョのサディストなので、今日も痣が付くまで打ち据えられるのだろう。

 教師を変えようにも正妻の目がある。面倒だが、無心で打ち合うとしよう。


 ◻︎


「よっし、こんなもんか。んじゃ終わり。あー腹減った。

 今日もいい仕事したぜ」


 教師が地に倒れ伏している俺を蹴り上げると、去っていくのが見えた。

 一人寝転がった俺はそのまま体力を回復させる。受け身の技術は身についているのでこれでも以前よりは余裕がある方だ。

 口内を切ったようで血の味がするがいつものことだ。

 予想通り、今日も遠慮なくボコボコにされた。四年も続いているが飽きる様子が一欠片もない。

 伏していると、聞き慣れた声が降ってきた。


「大丈夫ですかヴィン様」

「ああ、慣れてる。でもこのまま過ごすのはきつい。いつものようにお願いできるか?」

「畏まりました」


 リリーが俺に手を翳すと、魔法を使った。水属性に位置する回復魔法だ。

 痣の痛みが引き、擦り傷が塞がるのを感じた。

 リリーの回復魔法が無ければ俺は一日中体の痛みに苛まれただろう。魔法書を読むのも真面にできたるかどうか。というか、リリーがいなかったら破傷風にでもなってとっくの昔に死んでいるだろう。リリーに足を向けて寝られないな。


 回復魔法は水属性の魔法であるが、それは応急措置程度の簡単なものだけであり、骨折や欠損を治すことはできない。だがそれは水属性に位置する回復魔法が微力というだけであり、光属性の回復魔法はそれとは効能を逸する。が、リリーは光属性を使えないので意味のない話だ。


「申し訳ありません、何もできず」

「いや、気にするな。回復魔法だけでも助かってる」


 リリーにも立場があるし、外聞は剣の鍛錬でしかない。耐えれないというわけでもないので気に負う必要はない。


 ……だが、流石に時間を無駄にしてる感が営めないのでせめて教師を変えてほしい。というのも、技術はあらかた身につけたからだ。もうあの教師から学ぶことはないだろう。


 ショタ神の言っていた最高の才能というのは伊達ではない。

 俺は剣の教師にボコられているだけで教師を上回る技量を身につけた。まあ教師の剣は力押しが目立つというのもあるが。

 それでもまだ俺は教師に敵わない。それはレベルの差によるものだ。


 そう、レベル。この世界にはレベルがある。

 まるでゲームのようだが、魔法なんてものがある時点で今更だろう。


 レベルの差は生物強度の差である。

 例えば、レベル1の存在は両手両足が縛られたレベル100に傷も負わせることができないし、その状態でもレベル100ならみじろぎだけでレベル1を殺すことができる。


 だから俺はどう足掻こうが、教師に一矢報いることもできない。

 俺がもし名剣を教師にフルスイングしたとて、薄皮一枚切ることしかできない。

 腐っても第二王子である俺の教師であるため、最低でも60レベル以上はあるからだ。


 だからこの世界の誰もがレベルを上げる。10までは身内の大人の助けもあれば苦もなく上がるので上げておくのが常識だった。それでも事故で死者がでることはあるようだが。


 レベル10から先はレベルキャップというものがあるため自分より強い奴を倒すか、弱い奴なら大量に相手にする必要がある。そこまでのリスクを背負わずとも、畑を耕すだけで生きていけるならそうするというのが多数派だった。


 レベルを確認する方法は簡単だ。レベルを意識すればいい。

 そうすれば、


 『レベル 1』


 と、出てくる。

 うん、レベル1だ。見事なまでに最弱だ。このままではスライムにも勝てない。

 レベルは教会でも確認することができ、その時は証明書も発行できる。


 ちなみに俺が魔法を鍛えない理由はレベルに起因する。

 俺にはショタ神のお陰で才能だけはあるため、覚えようとすればレベル1の今でも第三階位や第四階位の魔法を覚えることができる。

 では、実際に使おうとすればどうなるだろうか。

 結論として、魔力が足りなくて気絶する。

 訓練による魔力の上昇がないわけではないが、やはりこの世界はレベルによる影響が大きい。今俺が魔法を鍛えたところで使えない魔法が増えるだけである。


 では俺もレベルを上げるべきと考えるのが普通だ。レベルさえ上がれば、生命力も上がるため正妻の毒も効かなくなるし、魔法も使えるようになる。


 レベルを上げるために、王族特有のレベリング方法がある。

 王族は死ぬ寸前まで魔物を連れてきて止めを刺すことで効率的にレベルを上げる。いわば寄生プレイだ。


 王族のレベリングによる最低ラインは60だ。第一王子も60以上あるし、第三王子も多分60以上あるだろう。


 当然この楽で効率的なレベリングを俺も行うべき……なのだが。

 しかし俺は正妻に睨まれているためこの方法は使うことができない。以前あった俺のレベリングも、毒によって寝込んだため立ち消えになったという話もある。決行したとて、事故を装って殺されかねない。正妻の目の届く限り俺に強くなどさせないだろう。


 ではこっそり脱出して魔物と戦うか?

 無理だ。脱出とかどうやってやるんだって話だし、むしろ正妻による事故死の可能性が高くなる。そもそもわざわざ命懸けの戦いなんてやってられない。それに立場的に『泡の宮』を不在にはできない。


 従って俺は考えた。

 勝手に俺のレベルが上がる仕組みを作ればいい。

 ありえないようにも思えるが、俺の前世の知識と才能が可能にした。


「ふぅ、とりあえず力の限り回復魔法は使いました。それでは仕事があるのでまた後で」


 リリーは俺のために仕事を中断して来てくれていたので、戻ることにしたようだった。

 見送ると、俺もやるべきことを済ませることにする。


 俺は『泡の宮』の離れにある雑多な倉庫に向かう。

 そして隅にある何年も手入れをされてない扉を、唯一身につけている鍵を使って開いた。これは、王におねだりしてなんとか手に入れた俺だけの一室だ。

 この中には、魔法陣の一種であり、錬金術に使われる錬成陣と、これまで俺があらゆる伝手でかき集めた魔物の素材がある。死体から剥ぎ取ったものであるが、防臭の魔法陣も張ってあるので臭いの心配はない。


 この部屋が俺の錬金術の成果であり、集大成がそこにあった。

 苦節五年。中央にある錬成陣に、人間大の大きさの影がある。

 これが俺の集大成、全自動自立進化型ゴーレムだ。ついに先日完成した。


 本旨は、俺が何もしなくても経験値を稼いでくれる最高のゴーレムである。


 このゴーレムには、効率を上げるために戦闘の経験をもとに自分をアップデートできる自律思考を付けている。この自立思考が術式として一番手間がかかったところだ。

 見た目は人間を模したものであるが、真っ黒で身体の大部分はブラックデビルという悪魔の素材を元にしている。関節部分は、ゴムのような素材を使ったので可動域は広い。

 燃料は魔力であるが俺とのパスがつながっており、レベル1であるが、俺の魔力は幼少より鍛え上げたのである程度なら枯渇する心配はない。さらに魔物から取れる魔石から補給することもできるので、俺の手助けがなくとも上手く魔石を補給し続ければ半永久的に動き続けることができる。

 実際に動かしたところ、魔力の消費も少なかった。


 このゴーレムを作るため、俺に媚びを売る木端貴族を利用して強い魔物の素材を集め、核の部分にはウェーハドラゴンという凄そうな魔物の魔石を使った。この魔石はゴーレムの脳回路の役割を果たすので妥協することができなかった。

 魔石を譲ってもらうために、貴族へのお礼として父と面会することになったが必要経費だろう。


 こうしてできたゴーレムだが、うん、感無量だな。惚れ惚れする造形美だ。


 名付けて『経験値ゴーレム一号』

 一号と名付けたのはまだまだ増やすつもりだからだ。増やしたほうがレベルアップの効率が上がることがわかっている以上妥協するつもりはない。

 どうか意図した通りに動くことを祈ろう。


 その後、リリーの伝手を頼って、商会に依頼してこの一号をいれた箱を後宮から運び出してもらう。

 そして、商会が去っていくのを見送った。ある程度はパスを繋げて俺が操作する必要もあるだろうが、軌道に乗ればその必要は無くなるはずだ。


 一号はきっと、一昼夜一秒も無駄にせず魔物を殺戮し、俺に経験値を貢いでくれるだろう。

 寝ずに魔物と戦うことができる人間などいないが、ゴーレムなら可能だ。

 レベルの遅れも、一号が機能を発揮しさえすれば取り返せるはずである

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