3 リリー・タロット




 魔法とは魔力を利用して発動するお馴染みのアレだ。

 魔法は十階位に分かれており、数字が大きいほど強くなる。

 属性なんてのも存在し、火水土風の基本属性に雷岩氷などの複合属性、さらには光闇などの特異属性もあるが説明は省こう。というのも、今の俺には魔法を鍛えたところでそこまで助けにならないからだ。

 将来的にはともかく今の所は期待していない。せいぜい魔力を増やすための訓練とやらを隙間時間に行う程度である。

 では俺が魔法書に何を求めているのかと言うと、錬金術である。

 魔法書という括りは広いためその中には錬金術も含まれている。錬金術に関する書物を集め、日々読み解いていた。

 そして錬金術によって──


「ヴィン様、夜食の時間ですよ」


 声に外を見ると空が暗くなっているのが見える。時間を意識すれば空腹が感じ取れた。

 いつの間にか熱中してしまったようだ。

 読んでいた魔法書を置いて侍女に応える。


「分かった、今行く」


 俺が立つと侍女は背後に仕える。

 彼女はこの『泡の宮』で唯一の俺の味方であり母代わりであるリリー・タロットだ。

 リリーは俺が五歳からの付き合いであり、後宮の誰もが俺と話そうとしなかった中で唯一話し相手になってくれた存在だ。

 彼女は白銀の髪を腰まで伸ばしており、美形で情に篤く引き締まった腰を持ち、そして巨乳だ。多分この後宮で一番の巨乳だろう。以前大きすぎて足元が見えないと困った様に話していた。

 現代ならばその道で食っていけそうであるが、顔立ちや体型は俺にとってはおまけでしかない。重要なのは俺と関わって村八分の状態にされても距離を取ろうとしない高潔な精神だ。仲間がいない俺には有難い存在であり、リリー繋がりでタロット家とも親交がある。

 錬金術のために色々と魔物の素材を融通してもらったことがあり、俺にとっては頭が上がらない存在である。お返しに王に便宜を図るようお願いしているので一方的な関係というわけではない。

 後ろ盾にするには力が弱く、向こうもそんなことを望んでいないだろうから間にあるのはあくまで個人的なものである。

 二人で外に出ると他の侍女ともすれ違う。こんな夜更けも働いているのは下っ端であるが、それでも俺たちを見下しているようだ。冷たい視線に晒されるが慣れたものである。

 リリーも気が強くこの程度で引け目を感じる様では俺とここまで付き合いはなかっただろう。

 敷居内に入る。外は夜なのでほとんど闇に覆われていたが、明かりを生み出す魔道具によって明るく照らされていた。魔道具は魔法を使うことのできるもので、使い捨ての魔石と呼ばれる魔物の核を燃料としている。


「ではどうぞ」


 邸の中で夜食を食べる。

 この国の食事情は、当然食べるために品種改良されていた現代と比べると劣っているが食べられないことはない。

 どうも香辛料を使った料理が高級品となっているようで、王族である俺には香辛料がふんだんに使われた料理が一般的だ。臭いが強いので誤魔化すためらしい。

 さらに脂を使った料理も好んで出されるため、毎日の剣の運動がなければ平民王子ではなく肥満王子と噂されていたかもしれない。

 夜食を終えると、リリーが尋ねてきた。


「今日はどうでしたか?」

「普通だな。だが、魔法書も大体読んだのとそろそろ素材も集まってきたから前からやりたかったことができると思う」

「そうですか、それはよかったですね。こっちは知人と会いまして、これ分けてもらったんですよ」


 と、リリーが取り出したのは保冷容器だった。

 開くと中から冷気が感じ取れた。

 保温容器の中にさらに入っていた箱を開くと、前世で見覚えのある形が目に入った。

 カップに入っている丸くてよく冷えたそれは、現代でいうアイスである。

 この世界にはアイスが存在する。

 希少な温度調整の魔道具、もしくは氷属性という高難易度の複合魔法より産み出されるものであり、そのため高価で流通量も少ない。

 市井の人間であれば手を出せないようなものを食べられるのは唯一王族の立場を利用できている気がする。

 このアイスであるが、食べるためのスプーンといい、作りといいどこか現代人が手を加えた違和感がある。これはアイスに限ったことではなく、例えば椅子のような生活用品にも違和感を見つけることができる。

 もしかしたら俺の他にも現代人がこの世界に転生したことがあるのかもしれない。まあ結果快適な生活ができるようになっているのだから感謝するべきだろう。

 リリーが机の上にカップを計四つ並べた。


「オランジのアイスとブリームのアイスを二つずつ貰いました。ぜひ食べ比べてみましょう」


 礼を言って味わう。

 久しぶりの味だ。

 現代では食べようと思えばコンビニでも足を運べばよかったが、この世界ではそうもいかない。間違いなく味は劣っているのだが、環境がそうさせるのか満足感が段違いだった。


「んん〜美味しい! いやぁ、甘い上に口で溶ける感覚が堪りませんね。これはお肌がすべすべになりそうです。実家にも送ってやりたいです」


 ニコニコしながらリリーがアイスを口に運ぶ。


「確かに美味しい。あと、アイスで肌はすべすべにはならないぞ」


 現代ではそんな話を聞いたことがない。異世界なので理が違っていても不思議ではないが。


「うふふ、分かってませんね。アイスには体を冷やしてくれます。つまり汗を掻きにくくなり、お肌が保護されるんです!」

「聞いたことないぞそんな話」

「今考えました。論理的で裏付けもある話です」

「今考えたなら裏付けなんてないだろ」


 思わず呆れるも、リリーは大真面目だった。


「そうだとしても誰かが立証してくれるはずです。そもそも美味しいものを食べて悪いことがあるはずがありません。アイスとは万病に効く特効薬なのです! ところで食べ終わってしまったのでヴィン様のを分けて貰っていいですか?」

「いいけど太るぞ。リリーも夜食を食べたばっかだろ」

「ぐっ……いや、アイスは万能薬……アイスは別腹……」


 万能薬だとしても肥満に効くわけではないと思うが。肥満って病気って枠組みじゃなかった気がするし。

 ちなみにこの世界はエリクサーと呼ばれるマジの万能薬が存在する。それは欠損を治し、あらゆる毒を治すとされるが引き換えにめちゃくちゃ高価だ。いや高価なんてものじゃなく国に献上されるレベルだ。

 リリーがぶつぶつと呟きながらじっと見つめているのでアイスを分けてやることにした。そもそもリリーが持ってきたものだしな。


「いえいえ、いいんですよ、ヴィン様が食べてしまっても。

 アイス一つくらいで太らない? 確かにそうですね、言われてみればそうです。でも日々の行いが体型維持に密接に……

 くっ……確かにここを逃せばいつ食べられるか……

 ええ、そこまで言いますか、なら仕方ないですね、仕方ないですが私もいただきます」


 なぜか遠慮するリリーにアイスを押し付けると、二人で食べ終える。

 そしてリリーが食器を片付けるのを眺めながらそれとなく胸元を見つめる。やっぱり大きい。スイカ一個分はありそうだ。

 この世界には現代人が手を加えたのか時代にそぐわずブラが存在する。なのでリリーの胸は激しく動くというわけではないが、巨乳であるため動きを抑えきれていない。さらに前屈みで机を拭くとなれば前後運動で激しく揺れる。

 性を覚えたばかりの俺にとっては目に毒だ。


「ふぅ、終わりました。では部屋に行きましょうか」

「ああ」


 連れられて俺は寝室に行くと、リリーも休むために出て行った。

 照明の魔道具を消して、無駄にでかいベッドで横になる。

 ベッドがでかいのはお手つきのためらしいが、平民王子の俺には宝の持ち腐れだ。第一王子のパウルは毎日シーツを交換する必要があるようだが。

 うとうとと今日学んだ知識を反芻するうちに俺の意識は闇に沈んだ。


 そして夜中にパチリと目が覚めた。

 起きたくもないのに夜中に目が冴えるアレだ。布団の中でもぞもぞと動くも、眠気がやってくることがない。

 しばらくそのままでいるも、一向に寝れそうにない。

 布団を捲って部屋の外に出た。

 夜であるが後宮であるので、豪華に点けられた照明の魔道具が夜闇を明るく照らしていた。しかし夜中であるので仕事をしている侍女はいない。


 廊下を足を忍ばせ歩く。夜であるが、夜の寒さは後宮内には存在しない。王の妾が快適に過ごせるように『泡の宮』全体に温度調整の魔道具で常時気温が一定に保たれているからだ。

 当然魔力の消費は大きいが、この国第一の権力者ともなれば可能にするだけの力があるのだろう。


 気温が変わらなくとも夜の雰囲気は地球と同じだ。

 縁まで歩いて外を眺めてみれば、正妻の住む『光の宮』が見え、その中に一際明るい一室がある。

 帳で遮られていたが、男が女に覆い被さる影と、嬌声が闇に響いていた。

 聞き覚えのある声だ。そして『光の宮』で憚らずに性交できる男など限られている。

 第一王子であるパウルと、選ばれた侍女が楽しんでいるのだろう。もしかしたら相手はワーラかもしれない。

 第一王子は今日もハッスルしているようだ。こんな夜中まで起きていては明日の授業にも支障が出ると思うのだが、毎日がこの様子だ。パウルが精通して以来猿のように女を連れ込んでいる。俺が平民王子ならあいつはヤリチン王子とでも呼ばれていいと思う。


 リリーも「お盛んなのはいいんですけど防音の魔法を忘れないで欲しいです。聞かされて気持ちのいいものではないので」と不機嫌に言っていた。

 今日のように防音の魔法をかけ忘れれば、静かな夜には広く響く。リリーの要望が通るのは当分なさそうだ。


 一人『泡の宮』で光に吸い寄せられる虫のようにパウルのまぐわいを見物していると、背に慣れ親しんだ声が投げられる。


「ヴィン様」

「リリーか」


 視線を向ければ寝着のリリーがいた。だぶついた服装であるが胸のところだけぱつんぱつんだった。当然似合っている。


「こんな夜更けに何をしているのですか。もう寝ないと明日に響きますよ」

「不思議と目が冴えてな。それにお互い様だろう」


 リリーはどこか眠そうだ。


「ヴィン様もアレのせいですか?」


 と、指さしたのはパウルの部屋だった。

 正直違ったがここは頷いておくことにする。


「それは仕方ないですね。今日は一段と激しいですから」


 リリーも身をもって知っているためか納得した様子だった。


「毎日毎日飽きないものですよね」

「そうだな。男の性だろう」


 二人話している間も第一王子の性交は止むことはない。俺が転生する前に夢見た生活がそこにあった。

 片や第一王子で美女を喰い放題、片や第二王子で肩身の狭い思い。

 産まれのせいもあるが、逆だったらと考えざるをえない。跡目争いがなぜ起こるのかを身をもって実感できる。そう考えれば正妻の暗殺も的外れではないかもしれない。


 リリーが寝ぼけ眼であくびを噛み殺すのが見えた。


「眠いなら寝たらどうだ。夜更かしは健康に悪いぞ」

「それは分かっていますが、ヴィン様が寝る時に私も寝ることにします。私はヴィン様の侍女なので。でも、夜更かしはお肌の天敵なので早めに寝てくれると嬉しいです」


 そう言われると申し訳なくなるが、まだ眠気はやって来ない。

 俺は視線を外して『光の宮』を眺める。リリーも俺がパウルの方を見ていたことに気づいたのだろう。


「ヴィン様、今は耐える時です。時が来たら私がなんとかして逃してみせます」


 俺の現状を察しての言葉だった。

 心強い言葉ではあるが、第一王子であるパウルが即位について、俺を手助けすることが王家に背くという状況になってもその言葉が為されるかどうか疑問に思う。

 唯一の味方であるが、リリーだって親もいるし兄弟もいる。俺に手を貸すことで彼らも危険に晒すことを考えると、全てを捨ててまで俺に献身することはできないだろう。


 結局、最後に頼れるのは自分だけだ。

 力を得て、己の力でこの現状を打ち破るのだ。

 そのための準備も着々と進んでいる。


 だが、リリーの言葉は気が楽になる。


「ああ、ありがとう」


 リリーが外を眺める俺の後ろに寄り添う。

 体温を感じながらリリーの胸の感触を楽しんだ。


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