第3話

終点、終点。


早く折り返し運転がしたい運転手のせっかちなアナウンスに、我に返って拘束から逃れ、早々にバスを降り駅に向かった。

ふざけてやられていること位、分かってんだろ俺。

手の甲で唇を拭う。

唇の想像以上のかさつき加減に気付き、リップを塗った。

立ち止まっている間に奴は俺を抜き、イチョウの枯れ葉に沈んだ人気のない駅にさっさと向かう。

その背中はむかつく位無言。

俺が当然追従してくると思ってる。

そうだ、このまま黙って付いて行かなければいいんだ。

さっさと行けよこの野郎。

ふざけやがって畜生。

足下の匂わないギンナンの死体を見つめる。

踏んづけてやりたい気分だ。

泣きたくて恥ずかしくて、どうしたらいいのか分からない。

自分の答えが見つからない。


「どうしたの?」


奴はすぐに気付いて戻って来やがった。

なんでもお見通しってやつか。

俺はつくづく遊ばれてるな。

悔しくて顔を伏せ続ける。

面倒くさい遊び相手と思ってくれよ。

言うことを聞かない性格の悪い奴と思ってくれよ。

でないと俺は。


「酔ったの?」


手が肩に触れる、そこに意識が集中してしまう。

それが嫌だから振り払う。

傷付け、嫌がれ、呆れろ、頼むから。

いい加減、俺で遊ぶのはやめてくれ。

遊び相手はもう嫌だ。

最近俺との会話が少ないのも、面倒くさい現れだろ?

だから。


「…電車乗り遅れたら、一晩ここで野宿けてーいだぜ?」


俺はそれでいい。

だからさっさと行っちまえ。

どこへなりとも。


「駅だからって桃の木ここ細いから、夜は物騒だぜ?」


いいよそれで、だから行けよ。

俺はお前ともう居たくない。

一緒に居たくない。

早く捨ててくれ。

でないと俺は。


「んー…じゃ、駅舎に泊まろっか?」


気軽に言うな。

利用者ほとんどなし、無人駅だからそりゃ造作もないさ。

でもそんな簡単に言うな。

俺が耐えられると思ってんのか。

石像のよう動かない俺。

痺れを切らし零れる舌打ち。

いいぞ、その調子だ。

さあ捨てていけ。

遊びは終わりにしてくれ。

俺を好きだと言わないでくれ。

大きな体の大きな嘴の烏がかあと鳴く。

もうすぐ二両編成の真っ赤な列車が汽笛を鳴らしてやってくる。

早くそれに乗れよ。

俺はいいから。

頼むから。

零れそうな涙を堪える。

大きなため息が、旋毛に掛かる。

綺麗な足並みが駅の方へ向かってく。

ああ、良かった。

これで解放されるのだ。

良かった良かった。

本当に良かった。

取り返しの付かないことになる前で。

良かった。

なのに涙か止まらない。

胸が痛くて苦しくて、力なく蹲ってしまう。

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