第2話

「帰ろ」


キスをしたあの日から俺たちは何も変わらない。

以前とまったく同じで、あいつが勝手に傍に隣に来て居る。

どっか行けとか離れろとか、言うのも思うのも疲れた。

だから今日も一緒に帰宅する。


今日も今日とて世界は寒い。

枯れ葉も死んで粉々だ。

豪腕バスを並んで待つ。

何故か知らないが、俺の帰宅方向のバスは不人気でこいつ以外乗り合わせたことがない。

そもそもこいつの家は何処なんだ。

なんで車も人も自転車も、コウモリもいないのか。

人食いオオトカゲでもなんでも良いから、このふたりっきりの空間を打破してほしい。

悔しいかな頭一つ分でかい背に、冷たい風を遮断される。

無言の横顔が辛くなってきた。

のべつくまなく学校ではべらべらしゃべってるくせに、最近俺とふたりっきりになると無口な男に変貌する。

あの日を境にこんな風になってしまった。

そう思うと変わっているのか。

他にも色々と。

なんなんだ畜生と見上げる。

口元をほんわか緩め無言でバスを待っている、それに腹が何故か立ってくる。


豪腕バスはその名の通り、凄腕運転手が悪路を猛スピードで突進する。

ちょっとしたアトラクションだ。

車酔い注意、と赤い習字はなかなか乙な張り紙だ。

俺は気にいってるけど。


急ブレーキでバス停に到着し、いつも通り一番奥右側、窓側に奴、その隣に俺が座っての瞬間猛発進。

ちなみに俺はひとり分空けて座る。

当初離れて座ろうとして、無理にふたり掛けの椅子にしかも奥に座らされ密着された苦い経験があるからだ。


運転は乱暴だか安全性は高いバスの中で、ふうと息を吐く。

なぜなら、座るとすぐ奴は腕を組んで窓にもたれ眠り出すからだ。

ここ最近そうなのだ。

今日もそうだ、鬱蒼とした不気味な枯れ雑木林を背景に目を瞑る。


俺はもう一度ため息をして、同様に目を閉ざした。

その奥で痛む胸のことなど、気付かないふりをして。

がたがた揺れる鉄の塊。

それなりにふかふかの座席に吸収される衝撃。

荒ぶるエンジン音。

前は、会話もあった。

この後どこか行こうと、誘われもした。

今はそれもない。

別にいいじゃん。

安堵安心安全じゃん。

胸が、痛む。

ふいに、奴の匂いがした。

いつも嗅ぐ匂いだ。

香水を嫌う、純粋な体臭だ。

なんでこんなにはっきり匂うんだろ。

ああ、そうか、いつもより近くに居るから感じるのか。

あ?なんでだ。

ばっと目を開けると、奴が俺をのぞき込んでいた。

なんだこの状況。

戸惑って辺りを見回す、気付かぬうちに膝を枕に寝転がされていた?

え?

落ち着く前に頭を撫でられる。

なに、すんだよ。

そう言いたかったのに、膝枕状態から抜け出せない。

何でかは分からない。

頭を撫でる手が俺の肩に回りやがて手を取られた。

振り払いたかった、抗いがたくて熱くて出来なかった。

猫のような緑眼を細め俺を軽く抱き上げて、頬にキス。

おもわず「あ」と漏らす。

開いた唇に今度は重なる。

かさかさに乾いているはずだ。

リップ塗っておけばよかった。

何考えてんだ、アホか俺は。


するりと舌が侵入してきて、口の中をなぞる。

それに合わすようにして、感触がさぞ悪いであろう唇を貪られる。

思わず空いた手を胸元に這わせる。

きつく抱き締められる。

最後の仕上げとばかりに上唇をはまれ、ついでとばかりに吸われる。

恥ずかしさに胸を押し返すと、再び軽く唇を重ねられる。

体を這う指と体温と、キスの心地よさに俺は酔いしれてしまう。

バスの中だっていうのに、外には危険なあの世のモノとか生首とか人魂とかで溢れているのに。

終点に着くまで、不覚にも。

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