不可

狐照

不可

不作法。

不礼。

不届き者。

そんな言葉が似合う世の中で、たったひとりに出会うなんて、不可能だ。


俺は呪いを掛けられている。

そんじょそこらの呪いと訳が違う。

丑の刻参りとか、黒魔術とかでもない。

本物の呪いを、人生に掛けられているのだ。

笑いごとじゃない。

はっきり言って迷惑極まりない。

解けるものなら大金を積んででも頼みたい。


「ふーん…で、どんな呪いだよ」


「笑う」


「笑わねーよ」


「…ホントか…?」


ぎろりと睨むと、にへらと笑われた。

どうだかな。

でも。

破れかぶれな気持ちと一緒に、こいつなら良いかという気持ちも湧き上がる。

息を一つ吐き、


「運命の人…」


「は?」


「…運命の人と出会わなければ…虫になる呪い…」


約束は闇をつんざく笑いで破られた。




転げに転げ回って箪笥とテーブルに膝と頭をぶつけてもなお笑い続けられる。

息が苦しいのか、ひーひー言ってる。

なにもそんなに笑わなくてもと思う。


「…笑いすぎ…」


未だに転げる姿を睨んでビールを一口。

不味い、温い、苦い、の三三七拍子が、さらに俺の機嫌が悪くさせた。


「ひっ…はっ…ひぃ…わりぃっ…わりぃ…」


わびてくるけれど、反省なんてしていないご様子。

まだ床に転がって、時折肩を震るわせていた。


「あー……」


ようやく落ち着いたのか、大きな溜息をついて床に仰向けに寝転ぶ。

溜息をつきたいのは俺の方だ。


「…面白いなー…」


「…うるさい」


むかつくくらい穏やかな声に戻った相手を、ビールを飲みながら睨みつける。


「…面白い…」


あ、これはもう俺に話しかけていない。

自分に話しかけている。

こいつはそういう奴だ。

こっちは本当に困っているってーのに、よくも笑いやがったな。

なんで話たんだろう。

親にも見放され、虫になるのも時間の問題五里霧中ってなもんなのに。

さっきまでの自分の思考に蹴りを食らわしてやりたくなる。


「…人生に呪いかー…」


嘲笑のような、同情のような。

複雑な言葉を呟かれる。


「…俺も、呪われてるんだよね」


そう語った口調は、今までにないくらい真剣だった。


「それ、ホントか…?」


身を乗り出して、床に転がっている相手を見つめる。

真っ黒な目が、不可思議に光った。

こいつの話を、信じて良いのどうか、不穏な光だ。


「…好きになっていいか?」


「…へ?」


「まあ元から好きだったんだけど…」


「え…」


どきっとしたのは、こちらにもその気があったからだ。

だって、だめ元で、ついぞ俺は俺の呪いを打ち明けたのだ。

こいつだったら、いいのになぁって。


「…運命の人になっていいですか?」


お願いしますと、頭を下げられる。


「…えっと……」


さっきまで親友だった男が戸惑う俺を抱き寄せる。

あ、顔近いの初めてじゃないのに、無茶無茶恥ずかしい。

震える。

気持ち悪くない?と思ったら、元親友が頬にキスしてくれた。

こんなのももう、だめだ。


すきなひとが笑う。

悪いのと善いのとのあいの子笑顔。

俺が一番好きなうさん臭い顔。


「俺の呪いわね、他人の呪いを不可にするんだ」


不滅。

不幸。

不条理。

不敗。

不可抗力。

不可。


「…それホントかー?」


「信用ねぇなぁ」

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