7.これ黒*****

「良かった…」


安堵の呟きをもらしながら抱きしめた身体に、力が宿る。

意識がはっきりしてきたようだ。


「し、ん?」


口に粘液が溜まったようなくぐもりだった。


「応報、大丈夫か?

身を少し引き、新は応報の顔を覗き込もうとして。


「がはっっ」


応報が黒い血液のようなものを吐き出した。

どぷどぷなみなみ、応報は嗚咽を繰り返しながら、泥のようなヘドロのような血液を能面の隙間から吐き出し続けた。


「応報?応報っ」


新はそれで下半身を汚された。

袖も汚された。

顔も汚された。

吐き続ける応報の背中を撫で、汚れ続けた。

濃い黒が端々の皮膚を痛めつけた。

それでも新は、応報の背中を撫で、震え続けた。


「どうしよ、応報、痛いのかよ?なぁ」


「し、ん」


最後の最後を吐き出して、応報の腐葉土色の能面が音を立てて床に落ちる。

円を描いて転がり、床に倒れたと同時に土塊に。


「応報?」


焦って新は応報の顔を上げさせる。

あれだけ吐いたのだ、怪我をしているに決まっている。

落ち着いたからといって、油断は出来ない。


「…新」


錆色と違う声だった。

けれどいつもの目だった。

きらきらと星のように輝く黒い目だった。

だからと言って油断はできない。

新は応報の身体をまさぐり始める。


「し、新?」


マントがかき消え襟巻きのように首に残る。

黒い衣服が身体に纏わる。

血は滲んでない。

どこを押しても痛がらない。


「痛いとこ、ないか」


黒光りの手は肌色に。

見たこともなかった足が膝を曲げて新を挟んでいる。


「…怪我、してない、よな?」


看ているはずなのに、見ていない。

見ているのに気付いていない。


「ああ」


「良かったっ」


涙を浮かべて安堵して、微笑まれ。

応報は、


「本当に俺で良いのか?」


これ以上ない守を手入れて良いのか、戸惑っていた。

応報は解放と共に、黒い封印から解き放たれ本来の姿を得ている。

人と変わらない姿をしている。

能面もしていない、不気味な黒いマントにも覆われていない。

錆のような、声でもない。

腐敗の神の真の姿でここいる。

それなのに、新は態度をまったく変えない。

変えずに己の心配だけをし続け、変わりなく微笑んでくれた。

選んで、良いのか。

どうか。


「むしろ俺で良いのか?」


「俺は、新が好きだぞ」


「俺は、もう、応報以外いらないから」


どうか、選んで。

どちらともなく祈って願って。


「だから、もう帰ろう」


新が立ち上がって応報に手を差し出した。

黒まみれの汚い手だった。

応報は本当に躊躇って、それでもその手を握りしめた。

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