7.これ黒****
黒い鎖は銀色に光るヘドロを滲ませながら、手足を拘束し続けていた。
両手を膝が軽く曲がる程度の高さから吊られ、曲がった足を立たせないように、両膝に棒を渡され重しを付けさせられ。
脳天には鎖が突き刺さり、ネジが脳内を圧迫し。
ところかまわず滲み出るヘドロが、応報の目からあの輝きを奪い続けていた。
神じゃなくて、咎人。
座り込むことも許されず、つり下げられることもなく、苦痛を与える為だけの拘束は。
新をも、苦しめた。
新は最初から分かっていたように、脳天に突き刺さる鎖に手を掛けた。
鎖の輪を、解こうとして。
もう、泣けない。
泣けるはずがない。
泣いている暇はない。
黒いヘドロが手のひらを刺激したが構わなかった。
肉の焼ける匂いがした。
手が、両手が炎に包まれたかのように熱い。
痒い。
痛い。
「応報っ」
痛い、痛い。
けれど痛いのは手ではない。
「おっっほう」
歯軋りで痛みに耐え、背中に滴った熱い酸を無視する。
セーターとシャツが溶解して、背中の皮膚に酸が染みる。
痛い、熱い、溶ける。
けれど、痛いのは背中ではない。
力を込めれば込めるほど、意識が遠のきかける。
けれど痛みで目を覚ます。
指が解ける指が溶ける指が融ける。
それがなんだそれがどうしたそれが、なんだというのだ。
指の痛みより皮膚の痛みより、胸の痛みの方が痛い。
足が焦げる、それがなんだ。
背中を粘液が這いずるそれがどうした。
鼻孔に腐敗臭が突き刺さるそれが、だからなんだというのだ。
どうでもいい。
傷ついたって構わない。
いくらだって傷ついていい。
だから、神様。
きっといるんだろうから、神様。
応報より偉い神様。
この鎖を解かせて下さい。
溶けて死んだって、良いから。
なりふり構わず新はヘドロ色に覆われた鎖の輪を広げようとする。
「応報っ」
祈るように叫んだ。
選んだ時よりも強く叫んだ。
ぎちゃ。
人の油と粘液とヘドロが混ざる。
ぎつ。
渾身の力を込めて。
ただひたすら、鎖の輪を広げようとする。
祈るように。
お願いするように。
がきん
消失に反応できず両腕が空を掻くように解放される。
鎖が、砕けた。
それと同時に、応報を拘束するすべての鎖が消え失せる。
解けた。
解けたのだ。
新は感覚のない指を鎖から離し、拘束から解かれた応報を抱き留めた。
ずしりと人の重みが、新の身体にのし掛かる。
良い匂いが、した。
空気が香る。寒いのだと気付く。
応報が暖かい。
周りは木の匂いがする。
応報はいつもどおり良い香りがする。
黒い身体を撫でるように、新は抱きしめた。
頭に穴が空いていないか心配だったが、顔を潜らせ確認しても形跡はなかった。
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