7.これ黒***

息を切らして、新は辿り着いていた。

導かれるように、身体が勝手にこの場所を目指していた。

頭に日秋が語りかけたのかもしれないが。

そんなことはどうでも良かった。

廃墟と化した工場は、口を開けて横たわる怪獣のようだった。

死体のように眠りこけ、朝になっても目を覚まさない。

なのに存在で景観をぶち壊す。

新は立ち入り禁止の有刺鉄線をくぐり抜け、敷地内に足を踏み入れる。場所は分かる。

辺りは暗いが、行くべき場所ははっきり分かっていた。

きっと、ある。

日秋の言う、祠が。

応報の祠が。

新はもどかしくなり再び走り出した。

こうしている間にも応報はあの鎖で苦しんでいる。

痛がってそれでも外に出ようとしている。

自分になにかできることがあるというのなら。

肺が潰れても構わなかった。

工場の裏手に回ると、枯れた木々の隙間に小さな建物の形が浮かんだ。

祠だ、黒い祠だ。

新は祠に近づこうとして。

ぬかるみに足を取られた。

なんとか持ち直すと、さきっきまでしなかった異臭が辺りに充満していた。


ぐちゃ。


何気なく歩を進めると、ぬかるみが音を立てる。

異臭がそれにつられて舞い上がる。

新は泣き出しそうになった。

応報は抱きしめるととても良い匂いがするというのに。

応報を取り巻く環境は下の下で。

ようやく近づいた祠は腐り、虫がたかり。

祠から流れ出すように不愉快な汁が、湖のように広がり辺りを汚染し。

周囲の木や草は腐敗し。

片隅の工場が残したゴミが不潔を呼び、異臭を強烈にアシストし続けている。

何も考えたくなくなった。

帰りたい、と思ってしまった。

こんな風になるなんて。

まるで夢見がちな少女と一緒だ。

現実と空想は、決して混ざり合うことはない。

これを笑う者がいるというのなら。

それこそが、ゴミ以下だ。


「くそったれっ」


渾身の力を込め、新は祠の扉を開けた。

すぐに目の前が真っ暗に染まった。

背後で扉の閉まる音がした。

後戻りする気はない。

手を闇に差し出す。

応報のマントに触れるように、それを探すように。

じりじりと、前を確かめながら。


「応報っ」


するとすぐ指先に覚えのある感触が伝わる。

あの黒のマントだ。

たぐり寄せると、確かに覚えのある掴み心地が手の中に収まった。

良かった、そう思った瞬間。

応報の身体が闇の中照らし出された。

応報の頭上にある灯籠に火が灯ったのだ。

なにかの合図のように、突然新と応報だけが浮き彫りになり。

新は、応報の姿に愕然とした。

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