6.この黒*******

新は階段を駆け下り、影遊びをしていた応報の手を取り走り出した。

逃げるのではない。

逃げるんじゃない。

応報と居たい、それが理由だ。

文句も檄も、通用しない、確固たる理由だ。

新はあらあらしく夜を走り抜け、応報はその気持ちを汲んで歩を進めた。


「新」


「…」


何、とは応えられなかった。

選んだのだから、文句は言わせない。

文句を言うつもりのない。


「新」

がつがつと歩き続ける。

応報が名前を呼ぶ。新は答えない。

答える代わりに、足を止めた。


「俺は、応報を、選んだんだ」


「ああ」


「だから、後悔なんてしない」


よどみなく応報を見つめると、星のように目が輝いていた。


「新…」


両腕で新を抱きしめようとした、時だった。


応報の首に黒い鎖が巻き付いたのは。


彼方から突如現れた鎖は、応報の右腕を背後に奪い、


「新、だい」


左腕をねじ曲げ、


「大丈夫、だぞ」


右足を、左足を奪い、地面を蹴るように張りつめる。

応報は全身で引きの力に抵抗し、新を安心させるよう、見つめた。


「明日の朝になれば」


ネジが先端に取り付けられた鎖が、応報の脳天を貫いた。

闇色の血が、アスファルトを焦がす。

鼻をつく匂いに、現実だと教え込む。


「しっん…だい、丈夫だぞ…あし、朝…また…もど」


けだものの唸り声のような。

それでも新には理解のできる声で、応報は鎖に引き込まれ。

いずこかの闇に引きずられ。

いや、一瞬で連れ去られてしまった。

瞬きを繰り返すことしかできない新の携帯が、鳴った。

電波に乗せられた言葉は荘厳。


『さぁ、選ぼうか、新』


神なのか日秋なのか。

ただただ不似合いなほど明るい声が、藍色の夜に馴染んだ。

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