7.これ黒*

指定された神社に向かうと、柄のない白い着物を着た日秋と、神経質そうなサラリーマンが居た。

街頭もないのに白んで光っているのは、日秋の着物のせいなのか。

青白く浮かぶ微笑みに、新は戦いた。


「さて、新」


白に浮かぶ赤い花が、歪んで言霊を転がす。


「選ばないとね」


「…選ぶって俺はもう」


「選んだけど、まだ足りない」


足元の砂利が踏まれて悲鳴を上げる。


「あれは忌まわれ神」


そうしていつかのように歌いだした。


「荒れて荒れた荒廃の地の神。応報。生まれながにして腐敗の神。応報が守る地は腐り腐り。子供は病に、老人は死に、若者は生気を奪われ、誰も祠を祀らないから、とちがみを祀らないから、腐敗は進み、荒廃し、土地は枯渇し、植物は死に絶え、人々はしょうきの渦に苦しめられ、誰もとちがみを祀ったりはしない、それが応報。まろびでることさえ許されない、封印され続ける、忌まわれ神」


静まりかえる。

嫌でも沈黙が新の耳を襲う。


「あいつは言うんだよ。最初から決まっていたって。忌まわれて生まれた時から。行く道を曲がりくねっても、大声で罵声を浴びせ続けたとしても。最初から、仕方がないほど決まっていた、って。そうだって、生まれてきたからって」


それって、どうよ。

神が悪態を晒す。


「でもあいつはこの世が好きだから。外にまろび出ることを禁じられていても。鎖を引きちぎり、まろび出て、鎖を身体に打ち込まれ、封印されて、それでもまろび出る」


刀を左右に弄び、つくもがみは隣に立ち並ぶ男を見やった。


「こいつは俺の祠を守る者」


手を取り新を見つめる。


「祠を守ってくれる守様」


誇らしげにかく語る。


「人を捨てて、俺を選んでくれた」


愛おしげに、語り続ける。


「人で有る前に守」


お前にこれができるのか?


「守は神のもの」


お前にそれができるのか?


「お前にその覚悟はあるか?」


お前に人を捨てる覚悟はあるか?

蔑むような、言葉遣いだった。


「選べ」


たった3文字が高慢だった。

新を糸で操ろうとする。

新の携帯電話電話が鳴る。

日秋は出なよと、促す。


『新、戻って来い』


ぱぱの優しい声だった。

目の前の神より優しい慈悲を宿していた。


「さ、選べ」


笑っているのに微笑んでいない、それが質が悪かった。


『帰って来るか連れ戻されるか、選べ』


耳元で、奇しくも同じ単語が回る。


「選べ」


耳に触る。


『選べ』


耳に障る。

まるで選択する知恵がないというように。

高圧で。

傲慢で。

身勝手な。

選べ選べ選べ。

選べないと、思っているのか。

心にもないことを、言っているのか。


引きちぎられそうだった。


新は左手の甲を鬱憤を張らすかのように噛みしめた。

血が滲んで肉に歯が食い込んで。

それでも足りなかった。

自分を踏みとどまらせることに。


「っざけんなうっせぇよ」


砂利に携帯を叩きつけ、それでも解消されないもどかしさを、鞄を投げ捨てることで晴らそうとして。

がきりとどさっと。

無機物の転がるさまが、無様で性がなかった。

新は、一瞬転びかけながらも走り出す。

脇目も振らず走り出す。

あてどなく、静まりかえった闇を駆け抜ける。

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