6.この黒*****

腐敗の神は、見透かすように目をそらすように。

新の頬にそっと手を添える。

腫れ物の傷を見るように、壊れやすい陶器を愛でるように。


「…確かに、新はとても悪いことをしている…とても悪いことだ」


新の心を探るように、黒い神は語りかける。

内部を探られている、ぞわぞわする感触を新は黙って受け入れた。

応えはもう、出ているのだから。


「でも、俺にはそれが見えなかった。俺は腐っても神だぞ、悪いことはちゃんと見える。でも、新の悪いことは見えなかった」


きっとそれは黒い神が優しいからだと。

無意識に見逃していからだと。

新は思った。

でも、


「こうやって新のことを探らないと、悪いことが俺には見えない」


嬉しそうな羅列に耳を疑った。

鼓動がひとつ何故か跳ね上がった。


「新は、悪いことをする度、自分で自分を罰していたんだな」


両手で頬を挟んで、黒い神は語り続ける。


「飽きることなく後悔して悔しくなるぼど、何度も何度も刑に処していたんだな」


優しさからは生まれない響きが、汚い声に込められる。


「罪を己で罰して処して」


偽り無く語り続ける。


「だから新はこんなに良い子なんだな」


語られて、しまう。

なにか、言わないと。

いつの間にか泣いていることに気付いて口ごもる。

浅い息を繰り返す。


「新は何も悪くない」


違う、言いかけて鼻が強烈に痛んで反抗した。


「ただの、子供だ」


突き放すような、包み込むような。

神の声ではなく、応報の声として、それは新の芯を捕らえた。

許しでも慈悲でもない。

愛おしんで出た言葉だった。

首を締め付けられているようで。

それも応報はこんな神は選んでもらえないと。

諦めを崩さない。

徹底した諦めを露出し続ける。

ネズミが鳴くような息を浅く繰り返す。胃液が迫り上がり喉を懲らしめる。

辛くて、苦しかった。


「ごめんな、新、でも俺は新が好きなんだ」


耳障りな声なのに、悲しいほど己を否定する感情が籠もっていて。

こんな神など、祀ってくれるわけがない。

諦めが、染み出ていて。

新は、

新は、


「ゴミ以下でも良いなら、同情なのか哀れんでるのか、どっちでもいいから、二度と現れねーか、一生傍に居るか、もうどっちかに、してくれよ」


新は最後まで言えたか心配で、応報にしがみついた。

もうこう応えなければ。

応報は絶望して。

絶望して。

腐敗にひとりで苦しんで。

またああやってひとりで絶望してしまうのだろうから。

だったら、こんな自分を選んでくれるというのなら。

選びたかったのだから。

しょぼくれて夜より暗くしゃがむ、あんな姿を見たくないから好きになったから。


「新、ありがとう」


応報は震えも忘れて、自分を選んでくれた新を抱きしめる。

背中を撫でてくれる。

頭も撫でてくれる。

新は優しい愛撫に甘え擦り寄った。

浮浪者のくせに匂いが良い。


「浮浪者じゃなくて、それ神様だってーの」


背後で突っ込まれたが、気にせず頬をすり寄せた。


「っつーかさ、終わった?っつーかさ、俺の前でいちゃいちゃと…恥を知れ、恥を」


刀の神がちゃちゃを入れるが、新は余裕に振り返った。


「選んだし、ひがまないでくれませんか?」


「むきーっ可愛くないっ日秋さん帰る」


冗談交じりに返答が、かえって嬉しかった。

新は応報と目を合わせて笑おうとした。


「日秋?そこで何をしているんだ」


「あら、一触」


簡単なやり取りに、新はふたたび日秋の方に顔を向けた。


「ひあ」


きさんその人は、は応報の手で塞がれる。


「紹介しておくな、応報」


「日秋?」


神経質そうな男が、日秋と応報を交互に見た。

新は応報に庇われ、男すら見えなくなる。


「あいつは応報、俺と同じ神だ、一触」


「お前と…?同じ?」


「そ、ご近所さんだから会合に行って来たその帰りってわけ」


日秋は一触の肩に触れ、


「応報、こいつが俺の守様、以後よろしくー」


一触と呼ばれた男が、日秋の守様?

新はそれについて訪ねようとして、またもや応報に口を塞がれる。


「応報、早くかみさまになってもらえると良いな」


んじゃね、と一触の背中を押して路地の奥へと姿を消した。

一触は何か小言をぶつぶつ放つが、日秋が踵を返すことを許さない。

応報は軽く会釈して、ふたりの姿が闇に消えるまで新を庇い続けた。


「……も、いいのか?」


段々凛々しい感じの応報が格好良くなって、新は身もだえし。

応報は、ああ、と小さく呟いた。

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