6.この黒****

応報が、答えを待つように新の肩に顔を埋めた。

緊張しているのか、微かに身を震わせて。

こんな黒を、選ぶはずがないと言うように。

今すぐ答えが必要ようなのだと。

錆びた声は、怯え震えおごがましいと言うように、ぽつりぽつりと吐露し続けた。


「俺は…腐敗の神だけど、俺は、新のことが好きだぞ」


好き。

新はその単語に反応して、黒い背中に手を伸ばした。


「真っ直ぐで汚れのない真の強い目が、とても好きだったんだぞ」


肩にのし掛かる神の声。お声だった。

まるで神だ。

神様なんだと、思った。直感でもう疑いの余地はないほど。

誰が腐敗の神なのか。

腐敗のくせに、なんて優しいお言葉を。


惨めで喉が枯渇した。


新はせっかく伸ばした手を、するりと落とす。

黒がそれに合わせて顔を上げた。怯えている。

こんな黒など、選ぶはずがないと。


「俺、汚い」


「良い匂いだぞ」


場違い天然発言は無視する。


「俺、汚ねーよ」


始めて、黒の前で表情をあからさまに殺した。

殺すだけには飽きたらず、ミキサーでミンチにして海にばらまく。


「俺、応報みたいに純粋じゃない」


神様は誰だって優しくて、それは当然。

でも自分は、裁かれるべき生き物だ。

この神は、優しさ故に気付いていない。

この神は、騙されている。

騙してはいけない、この神を。

嘘を吐きたくない。

沈下した怒りが吹き返す。破裂しだす。


「俺、すげー悪いことしてんだよ!知ってるだろ!罪だらけで、いつ捕まってもいくらい、悪いことしか、してないっ。神様のくせにそんなこともわかんねーで、俺の前に立つな馬鹿」


ツバのおまけを加え、止めを刺しにかかった。

こんな腐った神など、選んでくれるはずがないと絶望している黒に。


「俺は選びたい」


好きだから、選びたかった。

けど、けど、けど。


「でも選ぶ価値なんかない」


柔らかな黒い布に指を縋らせてしまうほど、選びたい。

けれど、けれど、けれど。


「始めて会ったとき銀座が猫蹴ったろ?あいつ最低ででも俺、あいつと同じだって」


蛍光ピンクが看板の銀座は、きっと今日も愉快に暴力を振るっている。


「男にぼこされたことあったろ、あの時だって俺凶器もってたし」


ああやって絡まれることなんて必然だ。

それが新の日常だ。


「ごみ以下だよ」


言葉に出来ているのか不安で、新は耳を塞ぐ。

頭の中だけで叫んでいるようだった。

聞きたくない。

言いたくない。

けれど言わなければいけない。


「ごみ以下だって、わけわかんねぇ薬売って、なに売ってるのかは知らない、けど知らないからって罪にならないわけねーじゃん俺、ゴミ以下だ、ゴミ以下だって…」


自分に言い聞かせるように、蚊の鳴くような告白だった。


「俺、選びたくても選べないんだよ…」


新は、崩れ落ちそうになった。

耐えてもすぐ膝が笑い、言うことを聞いてくれない。

選びたい。

心底応報という名の黒い神を選びたい。

選んであげたい。

けれど、ゴミ以下に。

罪人に選ぶ価値はあるのか。

答えは決まっている。

相容れない。

それが、新の出した応えだった。

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