6.この黒**

「死の匂いだ」


喉が引きつれ声も出ない。

転ぶように振り返ると、


「死の匂いだ、新くん」


真っ赤な着物の日秋が腕を組んで立っていた。

腰にはあの刀を下げて、まるで時代劇のおたずね者のように、立っていた。


「お前、あれと共にありながら、異常の中にあろうとして…」


やれやれと肩を竦めて笑う、自称神。


「それはお前が殺したも同じ」


鋭い声に、心臓を貫かれた。

神々しい有様は、まるで神。

新を慈悲で罰しようとする気配が滲み出ていた。

新は吐き気を覚え、死体をすり抜け逃げようとした。

日秋に構っていたら、もう何もかもが可笑しくなりそうで。

神様だというのなら、殺してくれれば良いのだ。

神様だというのなら、罰してくれれば良いのだ。

背後には証拠が。

履歴には真っ黒な経歴があるのだから。

もつれて壁に身体をぶつけ、痛みであと数メートルを歩けず。

そこから、大通りの向こうで、門仲たちが柄の悪い男たちに囲まれているのを目撃してしまう。

息ができないどころが止まりそうになる。

心臓が動いてない感覚に襲われる。


「罰は罪に処せられ、罪は人に処される」


神様の声が両耳を塞ぐ。

清廉な気配が新を押しつぶす。

門仲たちが、浮浪者を暴行した路地と似たような場所に追い込まれ、姿を消した。

息ができない。

笑えない。

神の気配を背後に感じ、新は膝を着いて崩れ落ちる。

罰が罪に処されるなら、自分も処されるのだ。

今ここで。

背後の神によって。

ようやく罰せられるのだ。

死んでも良いような気分だったから。

門仲たちがどうなるのかだけは、見届けたかった。

もう助けには行けそうもないから。


風船が割れるように、路地から門仲たちが飛び出し人混みの中を走り抜けていく。

逃げ、られた。

男達は追いかけようともしない。

路地から出てもこない。


「お前は本当に良い神様に出会ったな」


背後の神が、柔和に身を崩すと圧力が消えた。

そしてその台詞と共に、


「なあ、応報」


黒いのが、新の目の前に現れた。

瞬きをしている間に、風のように。

神のように。


「…神、様?」


弱々しく、喉が震えた。

まさかと、思って。

けれど黒いのは、ああ、と錆びた声で肯定する。

応報と言う名のこの黒が、神様?

じゃあ、腐らせて見せたのは。


「神の御技」


完全肯定する背後の神。

呆然と唖然としている新を、応報は黙ったまま見据えていた。

試すように、見つめていた。

あの突き飛ばしが、あの親子との場面がフラッシュバックする。

感情が公然と露見し出す。

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