6.この黒*
お薬売り中に、門仲から電話があった。
相変わらず軽い調子で、
『今から遊ばね?』
遊べるっしょ?と流して捨てる。
新は何も考えず頷いていた。
どうでもいい時間が流れた。
仕事のことも門仲たちの素行も、どうでも良かった。
生きているのかどうかも、どうでも良かった。
汚い罵声が、突然耳を掠める。
覚えのある嫌味の籠もったそれに、新は門仲たちに目をやった。
門仲を中心に五人の男女が何かを囲んでいる。
薄暗くてよく見えない。
大体なんでこんな路地にいるのだろうか。
黙って後ろから付いてきて来たせいか、行き先も目的も新は知らなかった。
知らなかったが、どうせ学生でも出入りができるクラブに行くのだと、心の片隅で思っていた。
だからこの状況に、新は戸惑って、まごついて。
苦しげな呻きに、雷が掠め飛んだ。
肉が痺れる、眼球が乾く。
門仲が汚い台詞を叩きつける。
女子高生が下品に大笑いする。
門仲の友人が右足を蹴り入れる。
呻きは爆笑にかき消される。
ずた袋を蹴り付けるような音が木霊する。
肉をはじき飛ばす感触が、脳内に響く。
名前を呼ばれた気がした。答えられなかった。
罵声暴力罵声爆笑、そして暴力。
門仲たちは満足したのか、なにもなかったように路地を出ていく。
ふざけた余韻で興奮しながら。
新は、横たわるそれから目が離せなかった。
碇屋、と呼ばれた気がする。
先行こ先、と見捨てられた気もする。
ぴくりとも動かない、シワだらけの指。
黄色い爪には垢が溜まり、微かな異臭に血の臭いが混ざる。
じりっと、新は歩を進めた。
初老の男は動かない。
息ができない。
異臭が酷い。
自分は、何も言わず傍観していた。
黙って見ていた。
惨めだった。
本当に惨めだ。拒絶されて当然の生き物だ。
新は浮浪者を介抱しよう、そう思った。
それしかできないのなら、そうしなければ、と思った。
恐る恐る新は浮浪者に近寄り、しゃがみ込み唖然と絶望に襲われた。
黄土色の肌に無数の擦り傷を作り目を剥き出しにして舌を出し地面を舐め血を吐いて、死んで、いて。
違う。
これは自分のせいではない。違う。
自分がしたのは関係ないと、暴力を止めなかったことだ。
その罪は認める。
だから声をかけ謝って、救急車を呼ぼうと。
殺すなんて死ぬなんて。
そんなことは、自分には関係ない。
否定する。
否定する。
新は後ずさり、首を壊れたおもちゃのように降り続けた。
ここは自分の領域じゃない。
怖くて泣けない。
ああでも、まさしくゴミ以下だ。
死体をまたいで逃げることもできない。
死体の先の歓楽街が遠のいていく。
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