5.あの黒***

ちゃんと話がしたい。

拒絶されても良い。

本当は昨日の一件の理由を知りたいが、それはいい。

とにかく逃げて欲しい。

危険を知らせたい。

あれが本気を出せば、あれの後ろにいるのが、浮浪者のひとりやふたり簡単に。

息を切らし黒と最初に出会った駅に向かう。

けれど居ない。

日常がまったりまとわりついてうざったい。

新はかぶりをふって今度は公園に走る。

きっとあそこだ。

頼むから居て欲しい。

逃げて欲しい。

道路を挟んで公園にたどり着く。

横断歩道がないので、新は歩道橋を駆け上がった。

息が詰まる、苦しい。

けれど黒はこれ以上に苦しいめに会うかもしれない。

愛おしくて恋しい気持ちで、新は駆け上り、


公園に佇む黒いシルエットを見つけた。

けれど硬直してしまった。


黒いのは確かにいた。

普通のお母さんと、小さな女の子と居た。

お母さんが頭を下げている。

顔色からすると、お礼をしているようだ。

微かに聞こえたのは、本当にありがとうございます。

少し訛っていた。

女の子が躊躇いも見せずありがとう、と微笑んだ。

黒いのは、ふるふると首を振り続け、軽く会釈して身を翻そうとした。

女の子がマントの端を掴んだ。

黒いのが、頭を撫でた。

新に、してくれた、ように。







目の前から黒も親子も居なくなる。

それでも新は目が離せなかった。

理解してしまったからだ。

自分だけじゃなかった。

優しくするのは。

自分だけが特別で。

自分だけに優しくしてくれているのだと。

思っていた。

心底信じていた。

そう信じていた。

けれど、あの黒はそうじゃなかった。

誰にでも平等で。

日常にだって溶け込めて。

きっと平和な日常を暮らしていけて。

それなら、自分は。

その日常をぶち壊す悪だ。

ゴミ以下の分際で、日常を浸食する悪なのだ。

きっと黒いのは我慢してくれたのだ。

なまじ優しいから。

きっと黒いのは新が何時死んでいい、ゴミ以下だって分かっていて。

同情してしまうほど、我慢しても良いと思うほど。

哀れだったのだ。

けれどもう、哀れではなくなった。

武器を持ち反撃しようとする子供は、子供じゃない。

囲いは必要ない。

必要なのか檻だ。

自分の日常を殺す悪に、庇う価値なんてない。

だからごめんな、と言ったのだ。

だから腐らせられかけたのだ。

仕方がない。

しょうがない。

当然だ。

ゴミ以下だ。

新は黒いのを探そうとはしなかった。

しないまま踵を返した。

これ以上接触しなければ、ぱぱが黒いのを排除しようとは考えないだろうから。

あれは一度目の警告だ。

調子に乗るなよ、と頭を軽く小突かれただけ。

だから、もう会わなければ大丈夫。

求めなければ。

平穏無事。

カラスが阿呆と叫んで車の騒音に色を加える。


ゴミ以下だ。

最初から。

だから当然。

あの黒にとって日常を破壊しかけた存在は。

新は、特別でもなんでもなかった。

なかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る