4.ただ黒****
黒の手が頭を撫でてくれる。
新は腕を伸ばし、能面に触れる。
「意外と暖かい」
肌のような触り心地だ。
黒いのはそうか?と言うように新の頭をなで続ける。
「謎の物質、だっけ」
はにかむと、こくこくと返され。
黒光りしている手で撫でられる心地よさに酔いしれる。
「マントも謎?」
うんうん。
返答に声を上げて笑い、温もりに甘受されていた。
だから後頭部の衝撃には、星が見えた。
遠くの方で男が怒鳴っている。
質の悪い、純度の低いがなりたてだ。
新は無意識に上着のポケットに手を突っ込む。
固い感触、護身用スタンガン。
ぐらりと踏みとどまり振り返る。
目つきは極悪、手の内には攻撃準備。
小汚いトレーナーを着た男が、顔を真っ青にして立っていた。手には金属バット。
暗がりなのでよく見えないが。
見覚えは、なかった。
薬が切れているのか、目は血走っている。
ぶちのめさないと。
その前に黒を。
そう考えた隙に、男が新の右肩に金属バットを振り下ろした。
重みと走る痺れに、スタンガンを持てなくなってしまう。
男が、叫ぶ。
遠くだ、頭がまだ回復しきっていない。
22だっ22だってば!
子供が親におもちゃをねだるように。
金ならあるからぁ!警察にはもう捕まらないからぁ!
大声で叫いてだだをこね、再び金属バットを高々と振り上げる。
用は警察にパクられてムショ行きで、お薬の切れたジャンキーで。
新を殺してでも、とにかくお薬が欲しいおイカレ様、と言うわけだ。
新は飛び退こうとした。
けれど意識が曖昧で、身体がいうことをきかない。
ゆっくり、渾身の一撃が新に降りかかろうとする。
その前に、とにかく黒に逃げて欲しくて。
新は避ける前に黒を突き飛ばそうとして。
黒に、強く抱きしめられた。
いや、肉体のある黒ではない黒に、覆われた。
感触は闇と黒のマントに似ている。
近くで、獣にもできない慟哭が。
機械にもできない金切り声が。
宵闇を。
切り裂く。
腐敗させる。
耳が痛くなるほど辺りが静まりかえった。
焦げ臭い、とにかく腐った匂いが鼻を突く。
男の悲鳴がして、新は弾かれたように顔を上げた。
街明かりに向かって腐敗の匂いを漂わせる男が、逃げていた。
時折転び、それでも必死に。
金属バットが錆び朽ち果て海風に攫われる。
それから守るように、黒の両腕が新を抱きしめた。
これで、大丈夫。
そう言うように。
自分はああやって溶かされたり腐ったりしない。
優越感が、込み上がってくる。
唸り声は少し不気味だったけど、声は出せることも分かった。
そのコンプレックスを打破して、これからは口で会話もできる。
これからのことで、新は夢心地になる。
できることなら一緒に居て、ああいう質の悪いのから守ってもらいたい。こうやって大事に何度だって抱きしめてもらいたい。
安堵感に満たされて、
背中に走る熱に気が回らなかった。
黒いのが新を突き飛ばす。
尻餅をつくと同時に、黒いのが新のブレザーを引きちぎった。
ブレザーの背が腐りを生む炎に覆われていた。
すぐにブレザーは形を失い、風に攫われた。
なんで、と黒いのを新は見た。
黒いのは、絶望したように放心して。
「ごめんな、新」
寂れて錆びれた声で呟き、走り出す。
闇に溶け込み一瞬で見失う。
上着を失った寒さに、骨が震えた。
黒が、逃げた。
止める力も。
追いかける力も。
どうしてか、ないと。
新は思い知ってしまった。
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